タベサキ
Text:Midori Shimokoshi(effect) Photo:Kotaro Kikuta
南アルプスと中央アルプスに囲まれた自然豊かな長野県伊那谷エリアにある中川村。
この村に住む高橋詩織さんは、狩猟免許を持ち、自らジビエの解体、調理、販売を行いながら、
ジビエコーディネーターとしても活動しています。
なぜ彼女はジビエに魅せられ、猟をはじめたのか。
高橋さんの経験とともに信州ジビエの魅力について語ってもらいました。
中央アルプスの名峰、空木岳(うつぎだけ)の山頂からの景色。信州の雄大な自然を感じることができる。
猟に出て感じたのは、一生懸命生きていた鹿の命をできる限り無駄にしたくないということ。もともと、狩猟は数が増えすぎて畑を荒らす鹿の駆除が目的だったため、捕った後は行き先が決まらず捨てられる肉や皮も多かったんです。そのような現状を目の当たりにして、捕った鹿をなるべく無駄にしない方法を考えられる解体に興味が移っていきました。
狩猟期(11月~2月)に猟友会のみなさんに連れられ猟へ。 捕獲した鹿を山からおろしてきたところ。
ちょうどその頃、今暮らしている長野県の中川村で解体の仕事を募集していたんです。
いいタイミングだと思い、2016年から3年間、山小屋を離れて解体のノウハウを学びながら加工施設で働きました。2018年からは解体した鹿肉を調理し、村のイベントやキャンプ場で販売。それが「ヤマドリ食堂」のはじまりです。今年は移動販売車として車を整備して伊那谷エリアを中心に活動する準備をしています。
提供する料理について、いずれはどの家庭でも当たり前に鹿肉を食べられるようになったらいいなと思っているので、みんなが親しみやすいメニューにしています。カレーやタコライス、青椒肉絲に生姜焼きなど、和洋折衷ジャンルは問いません。鹿肉以外には、地元で採れる季節の野菜などを使っています。たとえば、春はたけのこ、夏は無農薬の野菜など、長野の魅力がつまった新鮮でおいしい食材なので、鹿肉とあわせて味わってほしいです。
長野県は自然豊かな山々に囲まれており、そこで自由に駆け回って育った鹿はとても筋肉質。脂が少なく、高タンパクなのでおいしくて体にも良いです。生息する鹿の種類はニホンジカ1つのみですが、性別や年齢、季節によってさまざまな味わいが楽しめます。たとえば、夏の鹿は新緑の葉を食べて育つので、みずみずしさが特徴です。また、秋になるときのこやどんぐりなどを食べているので栄養満点で、甘さを感じられます。鹿肉を通じで長野の自然をまるごと味わえるのが魅力ですね。同じ餌で飼育された家畜と違い、個体差があるので長野のレストランなどでジビエを食べる際は、その鹿ならではの特徴や獲れた季節などをシェフに聞くのも面白いと思います。
私はシンプルに塩こしょうをした外モモの塊肉(ブロック)をバターでじっくり焼いて食べるのが好きですね。外モモは背ロースのように歯ざわりがなめらかというわけではないので、レストランには敬遠されがちな部位なのですが……ワイルドな肉の赤身と筋繊維を歯で噛み切る感覚が、野性味を感じて癖になります。また、首の肉は大切な神経が集まっていて、一番よく動かすところなので旨味が凝縮されておすすめです。筋や硬い部分もありますが、煮込みにしたり、ミンチにしたりと調理次第でほとんどの部位は食べることができます。解体をしながら、ここはどう調理しようかと考えるのがとても楽しいです。
南信州にある四徳温泉キャンプ場で2018年12月に行った解体イベント。子供たちに鹿の解体を披露した。
今後も、生まれ育った伊那谷を中心に活動していきたいと思っています。目標は2つあって、ひとつはジビエを家庭でも当たり前に食べられる料理にすること。鹿肉って臭くて、かたくて、おいしくない、食べるものではないというイメージを持っている方がまだまだたくさんいるんですよ。しかし、子供の頃においしい鹿肉に出会えれば、きっとそんな印象を抱かずに当たり前に食べていけると思っています。それを多くの人にわかってほしくて、最近では食育として保育園で鹿の料理の話をしたり、地元のキャンプ場でジビエに興味を持ってくれた家族と一緒に解体を行ったりしています。
もうひとつは、ジビエを通じて人と人とをつなぐこと。今は「ヤマドリ食堂」以外に、県から依頼を受けてジビエコーディネーターという仕事を行っています。猟師と革細工の職人、料理人と加工施設などジビエに関わる人たちを紹介して関係を繋げる仕事です。伊那谷には、地元に愛情を持っている方や、情熱を持って仕事に取り組んでいる方がたくさんいるので、そんな方々の出会いのきっかけをつくることにやりがいを感じています。私も気になった方を見つけたら積極的に会いに行くようにしていますね。そうした出会いから、新しいジビエの可能性が開けたり、今まで捨てられていた部位が活用できたり、思いがけない発見がたくさんあるんですよ。
自分が主体となって解体や販売を行うだけでなく、頑張っている人の手助けをしていきたいです。そうやって、ジビエが地域の人に愛されるひとつのカテゴリーとして日常に根付いていったらいいなと思います。
高橋 詩織 Shiori Takahashi
長野県下伊那郡出身。東京の大学に進学後、2014年より南アルプスの山小屋で働く。近所の猟師との出会いから罠猟の資格を取得する。2016年からは中川村の加工施設に勤務。3年間務めた後、現在は「ヤマドリ食堂」として料理のケータリングや移動販売を行う。その他ジビエコーディネーターやイベントへの出店などジビエにまつわる活動に精力的に活動している。
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