旅色プラス
『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)の著者で、この本の執筆にあたり過去84年分・180作品の芥川賞作品を全部読みきる、という途方もない旅を終えた菊池良さんに、東京近郊で巡れる作品にまつわるスポットを教えていただきました。次の旅は、本を携えて作品の世界観に浸りに行ってみませんか?
改札が東芝工場の敷地内にあり、関係者しか出られないという変わった駅。ここを舞台にしているのが、笙野頼子著の『タイムスリップ・コンビナート』。
(菊池)『タイムスリップ・コンビナート』は、エッセイの執筆のために海芝浦駅に行くことになった作家が、道中のコンビナートを見ながら、現実と過去の記憶、妄想が混ざり合っていく小説です。海に面していて降りることができない海芝浦駅は「珍スポット」好きにも知られています。海芝浦駅に行きながら小説を読むと、実際の光景と小説の記憶が混ざり合う不思議な体験ができるでしょう。
海の上に浮かぶように佇む海芝浦駅。天気が良ければ、こんな夕景にも出会える隠れたフォトスポットです。写真を撮りにくる方も多いため、改札内に海芝公園という憩いの場が用意されています。
◆JR鶴見線 海芝浦駅
時間:運行時間をご確認ください。
※関係者以外は改札を出られません。海芝公園は入場可能です(9:00~18:30)。
石原慎太郎によるベストセラー小説『太陽の季節』。2005年に、芥川賞受賞50周年を記念した際に建てられた、文学記念碑が逗子海岸に佇みます。かねてより尊敬し交流もあった岡本太郎の作品「若い太陽」を用い、「太陽の季節 ここに始まる」という文字が刻まれています。
(菊池)「もはや戦後ではない」。経済白書にこの言葉が書かれた1956年に、『太陽の季節』は出版されました。豊かな生活を享受する高校生たちが、アンモラルな男女交際をする内容で、賛否両論が分かれるとともに、新たな若者が登場したことを宣言していました。若者が街でナンパしたり、ヨットに乗ったりするこの小説は、戦後の日本に新しい季節が到来したことを告げたのです。
日本有数のリゾート地としても知られる逗子・葉山エリア。夏は多くの海水浴客でにぎわいます。
◆逗子海岸/太陽の季節記念碑
住所:逗子市新宿1丁目
アクセス:JR「逗子駅」、京急「新逗子駅」より徒歩25分
緑と花があふれ、噴水が吹き上がる様は、まるでオアシスともいわれる日比谷公園。そんな癒しスポットとしても知られるこの公園を舞台にしたのが、吉田修一著『パーク・ライフ』。
(菊池)オフィス街のなかの公園は、不思議なエアポケットとして存在しています。日比谷線の電車で見知らぬ女性に話しかけてしまった「ぼく」は、いつもランチのクラブサンドを食べている日比谷公園で彼女と再会するのです。そして、彼女もよく公園で見かける「ぼく」が気になっていたといいます。公園には名前も素性もわからない人々がすれ違います。日常の喧噪から離れ、公園でボォーっとしてみるのもいいでしょう。
都会の真ん中にある日比谷公園。お昼時には、周辺で働く人々がベンチでお弁当を食べています。また、園内には図書館があったり、周辺にもカフェやレストランがあるため週末もたくさんの人が訪れます。
◆日比谷公園
住所:東京都千代田区日比谷公園1-6
アクセス:東京メトロ日比谷線ほか「日比谷駅」A10・A14出口直結
1878年に文京区に創立し、五輪金メダリスト、内閣総理大臣、ノーベル賞受賞者を排出している名門校。ここの生徒を主人公にしているのが、庄司薫著の『赤頭巾ちゃん気をつけて』。
(菊池)1969年、東大紛争の余波によって東京大学の入試が中止となりました。日比谷高校の3年生だった薫くんは、ほかの同級生たちが進路を決めていくなかで、大学に進学しないことを決めます。薫くんは人生について、世の中について、知性について街を歩きながら生き生きと、饒舌に考えるのです。小説を持って街へ出れば、あなたはいつでも薫くんになれます。
日比谷高校の目の前を走る「新坂」。傾斜が急であることから通称“遅刻坂”とも呼ばれています。石垣をのぼる蔦が歴史と趣を漂わせ、写真を撮りに来る方もちらほら。
◆日比谷高等学校
住所/東京都千代田区永田町2-16-1
※学校の敷地内には入れません。
最後に、小説の舞台を巡る醍醐味を伺いました。
(菊池)小説は文字だけで構成されているため、視覚的な情報は読者が補うことになります。自由に想像するのも楽しいですが、実際の舞台はどんな場所か知ることで、臨場感を上げることが可能です。作品のなかに具体的な地名が出てきたら、スマホで検索しながら読むのもいいでしょう。読みながら立ち止まり、頭のなかでイメージを作り上げるのは、小説にしかできない楽しみ方です。
■菊池 良(きくち りょう)
ライター。学生時代に公開したWEBサイト「世界一即戦力な男」が話題となり書籍化、WEBドラマ化される。その後、WEBメディアの制作会社や運営会社勤務を経てフリーに。主な著書『世界一即戦力な男』(フォレスト出版)、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)などがある。最新刊『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)が発売中。
文体模写の奇才として知られる菊池良さんが、旅色のグルメ別冊『タベサキ』で連載する、“村上春樹風”のグルメエッセイも必見。
「もし村上春樹が食べ歩きをしたら ぶらり、村上さんぽ」はこちら旬な旅行・グルメ・旅ファッション情報や連載コラムを毎日配信する、女性向けニュースメディア。
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