四月のある晴れた朝に、目を覚ますと彼女はこういった。

「今日はジビエを食べるのにうってつけの日ね」

「どうだろう」と僕は首をひねった。「わからないな」

 彼女がなにを言っているかわからなかったけれど、部屋のカーテンを開けた瞬間にそれがジビエ日和であることを確信した。僕は100%の肉に出会わなければいけないと思った。

 高田馬場駅の早稲田口の改札を出て目の前にある横断歩道を渡っていく。線路脇にある路地に入ってしばらく進んでから右に曲がると、つきあたりに「米とサーカス」と大きく書かれた幕が張ってある。二階建ての一軒家を改装して店にしており、壁を蔦が覆っていた。

「悪くない」

 ここは「獣肉酒家」と銘打って獣肉を提供する店である。入り口には「獣出没注意」という看板が掲げてあった。メニューには鹿やうさぎ、カンガルーといった肉が並んでいる。アルコール類にはハブやイモリ、すっぽんを漬けた酒が用意してある。昆虫食も出しているようだ。

「いろんな肉があるのね」

「いろんな肉があるのさ」

 すぐに鉄板が用意され、肉が運ばれてきた。自分で肉を焼いて食べるのだ。トングで鉄板に肉を乗せると、思いのほかすぐ焼けていく。

「こうして見ると普通の肉ね」

「どうかな」

 たしかに独特の風味があるが、食べられないほどではない。あるいは生まれたときからこの種類の肉を食べていれば、まったく気にならないかもしれない。そして、しばらく食べているうちに、ほんとうに気にならなくなった。

「ビールでも飲もうか」

「そうね。ビールが飲みたいわ」

 僕はもう三十二歳で、結局のところはそういうことなのだ。

菊池 良 Kikuchi Ryoライター。学生時代に公開したWEBサイト「世界一即戦力な男」が話題となり書籍化、WEBドラマ化される。その後、WEBメディアの制作会社や運営会社勤務を経てフリーに。主な著書『世界一即戦力な男』(フォレスト出版)、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)などがある。最新刊『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)が発売中。

米とサーカス 高田馬場店

  • 東京都新宿区高田馬場2-19-8
  • 03-5155-9317
  • 17:00~24:00、土・日・祝 15:00~24:00
  • 無休

Text:Ryo Kikuchi
Illustration:Yutaka Nakane

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