【倉方俊輔の建築旅】モダニズムの“遊び心”が詰まった岡山市の建築を巡る旅

岡山県

2023.11.30

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【倉方俊輔の建築旅】モダニズムの“遊び心”が詰まった岡山市の建築を巡る旅

建築史家の倉方俊輔さんが案内する、建築をきっかけにその街を新しい視点で見つめる「建築旅」連載。今回はモダニズム建築にオリジナルな工夫が加えられた、岡山市の遊び心が詰まった建物を巡ります。

目次

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巨匠、前川國男の歩みをたどれる「岡山県天神山文化プラザ」(1962年)

抽象的な造形にアートを織り交ぜた「岡山市民会館」(1963年)/佐藤武夫

軽妙なデザインの「岡山タカシマヤ」(1973年)/村野藤吾

おわりに

巨匠、前川國男の歩みをたどれる「岡山県天神山文化プラザ」(1962年)

岡山県天神山文化プラザ

岡山県天神山文化プラザ外観

まずは日本のモダニズムを語る上で欠かせない前川國男から始めましょう。彼は20世紀の建築に大きな影響を与えたル・コルビュジエのもとで学び、1930年にパリから帰国した建築家です。戦争に向かう世相の中で戦前は仕事に恵まれませんでしたが、戦後、日本が新しい精神で復興するのに伴って、公共建築を中心に活躍しました。

岡山市内で、そんな巨匠の歩みがたどれます。1957年に完成し、その後の増築も手がけた「岡山県庁舎」は現役の庁舎として使われています。1963年開館の「岡山美術館」(現・林原美術館)も前川國男の作品です。その豊かな発想を知るために「岡山県天神山文化プラザ」に向かいましょう。

岡山県天神山文化プラザ

図書館、展示室、300席のホールなどを収めた複合文化施設として1962年に開館しました。いかにもコンクリートという素材感のある大きな塊が、地上から高く持ち上げられている様子が正面から見えます。大胆な幾何学模様の地面は、まるで抽象彫刻のような存在とも感じられるのではないでしょうか。

しかし、これも要求された機能から考え出されたつくりなのです。敷地は手前の道路から奥まで約8mもの高低差がある傾斜地で、予算も厳しいものでした。そこで前川國男は、全体の仕上げを省いた打ち放しコンクリートとし、図書館を大きな箱型として柱で浮かせ、その下から奥の展示室やホールに入れるようにしました。

そのおかげで生まれた広い軒下は、外部の開放感と、内部のような親密感の両方を備えています。さまざまな文化活動を行う市民が、ここで交じりながら、それぞれの場所に向かっていきます。

岡山県天神山文化プラザ

軒下を奥に進むと、日光が降り注ぐ吹き抜けがあります。内側のコンクリートの壁には、高さ18mもある「鳥柱」と名付けられたレリーフが彫られています。色ガラスを用いた生命力あふれる形は、直線的な建物とは対照的。これは前川國男が、当時29歳の彫刻家・山縣壽夫に依頼して制作された作品です。当時のモダニズムは建築に付属した装飾をなくした分、アートとの共演を望みましたが、その好例です。

岡山県天神山文化プラザ

この建築では、多様な形になれるコンクリートの性質が活かされています。正面中央の外階段は図書館に直接に向かう機能を持っていますが、建築全体の印象を左右することを意識して、幾何学模様のような手すりをはじめ、シャープなデザインになっています。

岡山県天神山文化プラザ

ホールのロビーでは、コンクリートの壁に入った切れ込みが目を引きます。機能としては空調の吹き出し口ですが、イタリアの画家、ルーチョ・フォンタナによるキャンバスを切り裂いた作品が連想されます。前提を疑うアートのエネルギーが、前川國男を触発したのかもしれません。

◆岡山県天神山文化プラザ
住所:岡山市北区天神町8-54
電話番号:086-226-5005

「岡山県天神山文化プラザ」公式HP

抽象的な造形にアートを織り交ぜた「岡山市民会館」(1963年)/佐藤武夫

岡山市民会館
岡山市民会館

「岡山市民会館」は、全国で数多くの公共施設を手がけた佐藤武夫の設計によって1963年に完成しました。大ホールは1718席あり、八角形の平面をしています。そのつくりを外にも生かし、角にスリットを入れることで街の中で印象的な形にしています。

岡山市民会館

こちらも抽象的な造形にアートを織り交ぜて、近代的な美意識をたたえています。ロビーのカラフルな光は、穴が空いたコンクリートのブロックに色ガラスを丁寧にはめ込んだもの。ロビーの壁はコンクリートの表面をノミで叩いて削った、手間のかかるはつり仕上げです。その一部は、日本画家の吉岡堅二によるレリーフ作品「牧神」となっています。

岡山市民会館

コンクリート打ち放しのはつり仕上げは、ホール内部の壁にも用いられて、音の響きを良くしています。残念ながら、岡山市民会館は2024年3月で閉館となり、解体が予定されています。今のうちに見ておきたい場所です。

◆岡山市民会館
住所:岡山県岡山市北区丸の内2-1-1
電話番号:086-223-2165

「岡山市民会館」公式HP

軽妙なデザインの「岡山タカシマヤ」(1973年)/村野藤吾

岡山タカシマヤ

村野藤吾の作品は「建築旅」の連載でもたびたび取り上げてきました。モダニズムでありながら、「遊び」という言葉が最も似合う建築を編み出した人物かもしれません。

岡山タカシマヤ

公共建築を多く設計した前川國男や佐藤武夫に対して、村野藤吾は商業建築を得意とした建築家でした。百貨店も多く手がけ、今はない戦前の「そごう大阪店」(1935年)や現在、国の重要文化財の一部になっている「日本橋高島屋」の戦後の増築など、一貫して未来的な感覚を得意としてきました。

岡山タカシマヤ
岡山タカシマヤ

「岡山タカシマヤ」から、そんな村野藤吾の手腕がうかがえます。1973年、82歳の年に完成した建築です。いくつかのパーツに分割したような外観や、スマートな柱を持ったアーケード、型取りしたプラスチック素材による店内照明など、老いてますますデザインは軽妙に。こちらもぜひ立ち寄って、ここだけのオリジナリティを発見してください。

◆岡山タカシマヤ
住所:岡山市北区本町6-40
電話番号:086-232-1111
営業時間:10:00~19:00※一部営業時間の異なる売場あり

「岡山タカシマヤ」公式HP

おわりに

建築の世界でモダニズムというと、一般的には第二次世界大戦の後に普及した「機能的で合理的なつくり」を指します。戦前の建物のように見るからに洋館だとか、劇場や百貨店らしいとは感じさせません。優美な装飾などはない、真面目な建築といった印象です。

以上のような説明は間違っていないのですが、それまでのあり方に縛られなくなった分、オリジナルな工夫がそれぞれに楽しい建築であることも事実。そこに思い切ってアートを取り入れてしまおうとか、工芸のように素材の魅力を活かそうといった大胆な遊び心が発揮されていたりもします。岡山市はそんな建築がいくつもある街です。岡山でモダニズムの巨匠の遊び心を見つけてみませんか?

▶“ローカルの旅の魅力を発見する”「旅色FO-CAL」岡山市特集はこちらから

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建築史家 倉方俊輔

建築史家

倉方俊輔

1971年東京都生まれ。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)など。Peatix「Kurakata Online」や「NHK文化センター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座も開講中。

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