美味礼讃しまくる旅へ

旅と創造

連載第12回


文・絵 小林エリカ

家の中に立て籠もっていると、増えるのは体重だ。
正直、料理など全然得意でないのだが、このところ三日連続でケーキを焼いてみた。
いつか時間ができたら料理なんかしてみたいな、というちょっとした憧れと、レストランだとかカフェへ思う存分出かけられないストレスが、合体した結果である。
とはいえ、得意でないことをやるうえに、慣れないことなので、シフォンケーキはちゃんと膨らまず、ココナツケーキは甘すぎて、アップルパイは生焼けだった、という惨憺たる結果ではあったのだが。

私は料理は苦手だが、食べることと調べることにかけては、情熱と心血を無限に注ぐタイプだ。
歴史上の人物を描くときにも、その人がいったい何を食べていたかが、非常に気になって仕方がない。
とはいえ、何を食べていたかがわかったところで、話が面白くなるというわけでもないのが残念ではあるけれど。
フランスの科学者マリとピエール・キュリー夫妻について研究していたときには、何が何でも19世紀から20世紀初頭のフランス料理というやつを食べてみたくて、調査しまくった。あぁ〜いますぐにでも、パリへ飛んで行きたい。

そんな妄想をしていたところ、「トゥールダルジャン」という1582年パリはセーヌの岸辺から始まったという由緒正しきレストランの支店が東京、永田町の「ホテルニューオータニ」にもあるというので、貯金を崩して行ってみることにした。
ブルーの絨毯にシャンデリア。ロシアの皇帝アレクサンドル2世と3世、プロシアのヴィルヘルム1世と、当時の首相のビスマルクが会したという際のテーブルセッティング。アンリ三世がフランスに広めたとされる、イタリアの貴族たちが使っていた“フォーク”の原型。レストランの歴史の凄みを感じさせるディスプレイにも、私は大いにもりあがった。
最後には名物の鴨料理を食しながら感涙にむせび、これをマリとピエールも味わったのかと想像するだけで震えた。

いまとなっては、部屋に籠もりながら、パリどころか、永田町にさえ出かけられない日々ではある。
「食卓こそは人がその初めから決して退屈しない唯一の場所である」
フランスの美食家、ブリア・サヴァランの著書に書かれたアフォリズムである。
実に、その通りよね。
どんなに退屈していても、食卓につけば、気持ちがうきうきする。
食べものを口にすれば、どんな遠くまでも、旅できる。
たとえそれが酷く不味いできのケーキだったとしても。

小林エリカProfile
小説家・マンガ家。1978年東京生まれ。アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)で注目を集め、『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)で第27回三島賞候補、第151回芥川賞候補に。光の歴史を巡るコミック最新刊『光の子ども3』(リトルモア)、『トリニティ、トリニティ、トリニティ』(集英社)発売中。