旅好きの旅はひと味違う あの人の旅プラン

ソーシャルディスタンスを意識してきた歳月によって
いつの間にか旅の仕方も変わりました。
壮大な名所もいいけれど、何気ない景色が愛おしい。
名物もあるけれど、馴染みある食材がおいしい。
「さりげないものの素晴らしさ」に満ちた
北海道の空知地方は、日常の延長にある、
ちょうどいい旅先です。
そらち応援大使でもある、『水曜どうでしょう』(HTB)で
人気を博した鈴井貴之さんへのインタビューをはじめ、
空知の景観や食の魅力を取り上げました。

写真/村上未知 スタイリング/佐藤一樹(sputnik)
ヘアメイク/酒井祥歩(A laise) 文/旅色編集部

鈴井貴之が語る「空知、さりげないものの素晴らしさ」
札幌と旭川の間にある空知地方。道内有数の米どころで、小麦や野菜などの生産も盛んです。では旅先としての魅力は? 空知で生まれ、再び戻った、ミスターこと鈴井貴之さんの自宅に伺い、空知の暮らしや見どころを伺いました。

札幌に拠点を置きながら、2011年に空知地方の赤平市に移住されました。そのきっかけを教えてください。

12年前、当時、赤平市の財政は崖っぷちだったんです。企業でいえば倒産という状況に北海道夕張市がなって、「次は赤平市だ」といわれていました。市立病院の経営が切迫したりして、本当に大変な状況だったんです。それで町の活性化のために、市が主催した町の有識者との会議が月1回あり、僕は赤平市の出身なので呼んでいただいていたのですが、どうやったらこの町が盛り上がるかとアイデアを出したり、話し合ったりしても、会議が終わったら結局僕は札幌に帰るわけです。赤平市の出身者といっても親が教員だったものですから、空知にある 24 市町の半分ぐらいには住んだことがあるくらい転勤していて、実家もない。赤平市には2歳までしかいませんでしたし、そういう会議に出てても「結局よそ者だな、俺は」と思ったんです。町の事情や内情も全くわからない状態で、勝手に外から見ただけで意見を言って帰っていくという状況に、疑問を持ちました。だったらこの町に居を構えたら、ちょっとは町の内情もわかるし、またそういう会議に出席する時も仲間として認めてもらえるのかなと思って移住しました。それが、一番の、オフィシャルの理由です。

ほかにも理由があるんでしょうか?

自分の仕事やプライベートなど、今後どうしていこうかなと見据えて、という感じでしょうか。弊社は「北海道発信のエンターテインメント」というところでやっていますが、移住する2011年当時、TEAM NACSが東京でドラマに出始めたころでした。なかには「やっぱり札幌、北海道発信とはいっても、結局東京で仕事するんでしょ?」と言われるような部分もあったので、だったら僕が逆に、北海道のさらに奥に住めば、北海道に軸を置いている会社だとわかってもらえるかなと脳裏をかすめたんです。俳優はプレイヤーなのでつくり上げる現場に行かなければなりませんが、僕はどちらかというと、企画を考えたり本を書いたり、構想を練る方に重きを置いてるので、場所を選ばず、どこでもできるんじゃないかと思って、「じゃあちょっと田舎に行ってみよう」という感じでしたね。

実際にお住まいになってみて、どんな影響がありましたか?

夏ぐらいに出版しようと思って書いている本があって、ちょうど今日書き終えたんですが、ここじゃないと書けなかったですね。田舎暮らしといっても札幌で仕事をしていますので、あちらにも家があって、僕の場合、2拠点のデュアルライフというのが正確だと思うんですけど、札幌では本は書けませんでした。ここでは、デスクから目を上げると窓から森の風景が見えたり、今も聞こえている鳥のさえずりが聞こえたり、そういうことによって落ち着いて書ける気がします。今は、ここじゃないと集中した仕事はできないですね。

鈴井貴之
何気ない場所でも、十分“美瑛”です

ここと札幌の違いはなんでしょうか?

スピード感の違いや不便さもありますけど、自分自身がどんどん変わっていくのがわかります。雪が降ると、高速道路が封鎖されて、札幌から8時間かけて帰ってきたこともありますし、家に着いたはいいけどさらに敷地内を1時間近くかけて除雪しなきゃ家に入れないとか、当初は時間の無駄じゃないかとイライラしたんです。ただ、雪が降ったら例えば業者さんに除雪を発注するなどお金かければなんとでもなるんですけれども、田舎で暮らすというのはそういうことだと、今はもう全然イライラしなくなりました。「雪が降った。家に入れない。まあ、除雪したら入れる」とか「雪が降って札幌に戻れない。戻れないならしょうがない。命がなくなるわけじゃないし、会議を代わってもらう」とか。何でそんなに焦んなきゃいけないのかな、ということがいっぱい分かりました。気持ちの中でも、ゆとりと言いましょうか、そんなに何でも急いて物事を進めなくてもいいんじゃないのと思うようになりました。

時間の感じ方も変わるんですね。旅先としては、空知の魅力は何でしょうか?

わかりやすいところでいえば、一番はアクセス。札幌と旭川の間にあって、アクセスの良さは空知の魅力かなと思っています。特段有名なところがあるわけじゃないけども、ふらっと立ち寄ったり、車でドライブしたりするようなところとしてはもってこいなのかな。道外の方も、千歳空港や旭川空港から、大概1時間ちょっとで来れます。南空知だったら千歳空港から30~40 分で長沼町に着きます。旭川空港なら、深川市や芦別市が近いですね。

空知のお気に入りの場所を教えてください。

ほかの地域に比べて目立った観光スポットはあまりないと思うんです。北海道には有名なところがいっぱいありますし。ただ、ほんのすぐ身近に、素晴らしいものがあるんです。例えば深川市の丘陵地帯。何の目的もなく車で走ったことがあるんですが、十分“美瑛”なんです。丘があって畑があって花々があって。名所に行かなくてもここで十分じゃないかと思いました。ほかにも、空知は米どころなので、田んぼの景色。5月の連休のときには、水が張って鏡のよう。鯉のぼりが田んぼに映って、田植えが始まったら一面の緑、秋口になったら稲穂が頭をたれて銀色になります。いい意味で捉えていただきたいんですけども、有名な観光名所でもないから手付かずのところが非常に多いんです。だからこそ、何気ない、さりげないところの素晴らしさを見つけられるんです。僕は2015年、赤平市を舞台にテレビ東京で岡田将生くん主演のドラマ『不便な便利屋』をつくりました。その時地元の人に「赤平にドラマの舞台になるようないいところはないのに、大丈夫?」と言われたんですけど、東京から来たスタッフはうちからの景色を見るだけで「すごくいい!」と感動していました。そのような、なにげないところの素晴らしさが空知の魅力だと思っています。観光地でも何にもないところで、ちょっと車停めて、いいなと思ったところを見てください。

鈴井貴之
鈴井貴之 Takayuki Suzui

大学在籍中に演劇の世界に入り、1990年に劇団「OOPARTS」を結成。解散後は、タレント・構成作家としてHTB「水曜どうでしょう」などの数々の番組の企画・出演に携わる。2015年には「ドラマ24『不便な便利屋』」(テレビ東京系)で初の連続ドラマ脚本・監督を務めるほか、作家としても活動。2010年、「OOPARTS」再始動。2018年、そらち応援大使に就任。2021年、北海道コンサドーレ札幌オフィシャルサポーターに就任。7月2日(日) 「『水曜どうでしょう』2023 最新作 ライブ・ビューイング先行上映会」を全国各地の映画館で開催。

衣装協力/ジャケット39,600円、パンツ15,950円(SHIPS|SHIPS札幌店 011-241-4358)、ほかスタイリスト私物