浅田政志の宿旅

旅の目的は、あの宿に泊まること―。心安らかな宿泊体験を切り取る写真連載。第30回は、世界文化遺産であり、暮らしの場でもある、五箇山の合掌造りの宿。ここは泊まれる世界遺産です。
写真家 浅田政志の宿旅
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あの時のまんま

Vol.30「 勇助」富山県南砺市

相倉(あいのくら)合掌造り集落は、いまも人が暮らしている珍しい世界遺産です。目指す宿の「勇助」は集落入口のほど近く。そもそも相倉集落が世界遺産に認定されたのは、建物はもちろん伝統的な暮らしや文化が色濃く残っていたため。暮らしを体感せずに、世界遺産を訪れたとは言えません。
ほんもの
合掌造りは豪雪に耐えうる堅牢なつくり、また当時大切な産業だった蚕を飼うための天井裏があるなど、生活と仕事の場でした。この建物は隣村に明治元年に建てられ、明治中頃に移築されたそう。民宿を始めたのは1964年。半世紀が最近に感じられます。
暮らしの真ん中
ご主人いわく「合掌造りは囲炉裏がないとなにも始まらない」。炊事、食卓、団らん、接客の場であり、冬は暖もとります。また木と茅(かや)で作られた合掌造りは囲炉裏の煙に燻されて強くなり、虫よけにもなるそう。1台20役どころの騒ぎじゃありません。
うぇるかむすいーつ
宿に到着したら、囲炉裏の前で抹茶とお菓子のおもてなし。まずはひと息……と思いきや、秋篠宮殿下とご主人のお写真があったり、合掌造りの模型があったり、興味を引くものばかり。ここでエネルギーを補給したら、建物・集落探訪へと出発です。
よく学びよく遊べ
2階と3階は、合掌造りを伝える展示館。2階には東京や富山市内でカメラマンをしていたご主人撮影の五箇山の四季や暮らしを伝える写真や、養蚕(ようさん)を再現した展示があります。蚕はご主人と娘さんの手作りでなんともかわいいお顔です。
人が暮らす、世界遺産
3階は合掌造りたる所以の天井裏が見られます。そしてご主人が近隣の集落で暮らす人々を撮影したポートレートも。暮らしを営み、現代へと歴史をつないでいる諸先輩方の笑顔は神々しく、そしてそれを捉えたご主人の腕にうなります。
うんまい
集落のなかには食事処やお土産屋さんもあります。「勇助」の並びにある「まつや」さんでは名物の五箇山豆腐(480円)が食べられます。木綿豆腐をさらに固くしたようなお豆腐はほの甘く、歩き疲れた体にスポーツドリンク以上に染み渡ります。
世界遺産の寝心地
「勇助」は1日1組の宿。気兼ねすることなく、ご主人たちとの楽しいおしゃべりを楽しみ、歴史に思いを馳せることができます。そして夜になればふかふかのお布団へ。「世界遺産で眠る」という貴重な体験をぜひ。
この景色が100年後もありますように
相倉集落の入口の駐車場脇を進むと、合掌造り集落を見渡せる場所へ続く小道があります。この風景、写真と実際に見るとでは大違いなのが不思議です。時が止まったような非現実感と人々の暮らしが垣間見られる現実感。100年後といわず、近日中にご自身の目で見てください。

民宿「勇助」

先代が始めた民宿は、実際の暮らしを体験できることや、地元の食材を使った料理が国内外の方から人気です。穏やかな時間が流れる集落を散歩し、展示館を見学したり、囲炉裏端でおしゃべりすれば、すっかり集落の時間に体が合い始めます。お話上手なご主人、台所を取り仕切りつつ控えめな奥様、コンシェルジュのような細やかな心配りのお嬢さんは程よい距離感であたたかく迎えてくれるのが心憎いです。

住所 / 富山県南砺市相倉591
電話 / 0763-66-2555
料金 / 13,000円~(2名利用時1名あたり、1泊2食付き)

浅田政志
Masashi Asada浅田政志
1979年三重県生まれ。2007年に写真家として独立。2008年、写真集『浅田家』(赤々舎刊)で第34回木村伊兵衛写真賞を受賞。2020年、『浅田家!』として映画化された。著書に『NEW LIFE』(赤々舎刊)、『家族新聞』(幻冬舎刊)、『家族写真は「」である』(亜紀書房)など。最新作は『浅田撮影局 まんねん』(青幻舎)。また、国内外で個展やグループ展を精力的に開催している。
http://www.asadamasashi.com/