［タベサキ Vol.10］
もし村上春樹が食べ歩きをしたらぶらり、村上さんぽ

親子丼

全国

2020.02.27

タベサキ

文体模写の鬼才、菊池良氏が、村上春樹風の食べ歩き記事を書く連載、第10回。親子丼を目当てに名店「玉ひで」に並ぶ。

イラスト：中根ゆたか

進化 1800円

11：20 am

　私たちは「玉ひで」という店の前にいる。

　人形町駅から徒歩数分のその店は、すでに客の行列ができている。この店は一七六〇年──イギリスでロレンス・スターンが『トリストラム・シャンディ』を出した年だ──に創業された老舗で、親子丼が名物である。客はランチの時間にだけ食べられる「お昼の親子丼」を目当てに、開店時間の前から並びだすのだ。黒いコートを羽織ったサラリーマン。小奇麗な格好をした高齢者の夫婦。髪を染めてカジュアルなファッションに身を包んでいる大学生のグループ。さまざまな客層が親子丼のことだけを考えて店に集まってくる。

　私たちは好むと好まざるとにかかわらず──親子丼が食べたければ──その行列に並ばなくてはいけない。そして、私たちは待ち時間でどのメニューを食べようかと考える。鳥のひき肉が大量にかかった「そぼろ」。もも肉をつかった「炙り鶏」。あるいは最上級の東京軍鶏を使用した「進化」「三昧」「極意」の三種類。

　順番を待っていると、私たちは店のなかを案内される。入り口で注文をして料金を先払いしたあと、テーブルまで誘導してくれる。繁盛しているので相席を求められて、私たちは横並びで座らされる。相席グループと対面になる形だ。

　まずは鳥スープがきたあとに、念願の親子丼が運ばれてくる。黄金色に輝いた卵が鶏肉をつつんでいる。口に入れるとトロトロの卵と柔らかい鶏肉が、イヴォ・ポゴレリチの演奏のように見事な調和を奏でる。

「いつも食べている親子丼と、ぜんぜん違うな」と私たちは驚いて言う。

　視点をゆっくりと上げて、店全体をみる。客の全員が親子丼を食べている。それに満足している。私たちはそれを見ている。

DATA

鳥料理玉ひで

住所
東京都中央区日本橋人形町1-17-10
TEL
03-3668-7651
営業時間
昼の部【親子丼】11:30～13:30
【昼膳・コース】11:45～14:30（13:30LO）
夜の部 17:30～22:00（21:00LO）
休日
不定休 ※ホームページを要確認

Profile

菊池良（きくちりょう）

ライター。学生時代に公開したWEBサイト「世界一即戦力な男」が話題となり書籍化、WEBドラマ化される。その後、WEBメディアの制作会社や運営会社勤務を経てフリーに。主な著書『世界一即戦力な男』（フォレスト出版）、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』（宝島社）などがある。最新刊『芥川賞ぜんぶ読む』（宝島社）が発売中。