作家・ななせさんが綴る京都の素敵な本屋さん「恵文社」

京都府

2019.07.12

LINEでシェア
はてなでシェア
pocketでシェア
作家・ななせさんが綴る京都の素敵な本屋さん「恵文社」

京都に住んでいたことがあり、京都に精通している作家・ななせさんのフォトエッセイ。「世界で最も美しい本屋10」に日本で唯一選ばれた「恵文社一乗寺店」をご紹介。

Text:ななせ

一乗寺に住んでいました、と言うと、大抵は「ああ、あのラーメンの有名なところ」というような言葉が返ってきて、その濃厚なスープとか、具が山のように盛られている個性的なメニューの話題に終始してしまうことが多いのだけれど、私にとって一乗寺は、恵文社の印象がとても強い。

恵文社とは、イギリスの新聞社ガーディアン紙が発表した「世界で最も美しい本屋10」に日本で唯一選ばれた、知る人ぞ知るおしゃれな本屋だ。「けいぶん社」という丸い文字で描かれた看板や、煉瓦造りの外壁、そしてそばにそっと添えられた植物が素敵で、その外観を見るだけでも心が震える。当時住んでいたマンションから徒歩5分ほどという場所にあったため、若さに甘えてお化粧をせず、踊るように部屋を飛び出しては、わくわくしながら店の扉を叩いたものだった。

恵文社は、“本にまつわるあれこれのセレクトショップ”。流行りの本や新しい本だけではなくて、他の本屋では手に入らないような、ニッチな本がたくさんそろっているのが最大の魅力。

併設されているギャラリー「アンフェール」では、ひものの一筆箋や図書室の貸出カード風のメモ帳など個性的な文具が置かれているほか、地元の学生やお店といったさまざまな個展が開催されているし、「生活館」と呼ばれるフロアでは、衣食住にまつわる書籍と、生活雑貨まで置かれているとくれば、本に興味がない人でも、一度は訪れたくなるだろう。

見たこともないような雰囲気の絵本を開いたり、若きクリエイターの未来溢れる作品を眺めたり。使い道を悩むのがまた楽しい小さな黒板消しや、素敵な文章が添えられた絵葉書。おいしそうなクッキーや、あたたかみのある生地の衣類。次から次へと興味を奪われるから、いつの間にか日が暮れていた、なんてことも日常茶飯事。いつかここで個展を開けたらなぁ、なんて妄想をすることも度々あった。

何時間いても飽きることはない。何度訪れても、満足することは決してない。ああ、こんなおもしろい本があったんだ、とか、こんなにふしぎな雑貨が売っていたのね、と、発見は尽きることがなくて、だからこそ私はいつも、遠足に行く子供のような気持ちを携えて、恵文社に足を運んでいた。

大学を卒業した今でも、あの時の気持ちをふと思い出す。社会人になったら、よほどお目当てのものがない限り、ふらりと本屋に立ち寄って、何時間も入り浸ることは少なくなってしまった。そんな今でも、恵文社だけは違う。仲のいい友人を連れていったり、近くに行く時は必ず立ち寄ったりと、特に理由がなくても訪れてしまう。少しでも、心に余裕を。何時間も本を眺め、妄想に耽り、おかしな文具にくすっと笑う。そんな出来事を、何度でも体験したいと思うのだ。

好奇心と遊び心が、昨日と色違いの今日を作る。引きこもっているだけでは得ることのできない、海のようにたゆたう時間に身を浸し、贅沢を体の中に取り入れる。
あと少し、もう少し。そう思っているうちにいつの間にか時が流れて、店から出た時には西の空が赤く染まる。その夕焼けを映したみたいに、どこもかしこもきらきら、きらきら。

私にとっての恵文社は、青春のきらめき。大人になり、京都を離れた今でも恋い焦がれる、お気に入りの場所なのだ。


◆恵文社一乗寺店
住所:京都府京都市左京区一乗寺払殿町10
電話:075-711-5919
営業時間:10:00~21:00(年末年始を除く)
営業日:年中無休(元日を除く)

◆ななせ/七瀬あきら
3月30日生まれ、愛知県出身。京都大学文学部人文学科 国語学国文学専修。第29回新風舎小説出版賞奨励賞受賞。好きな作家は、太宰治、夢野久作、桜庭一樹、高村光太郎。主な作品として、長編小説「リリィ・ローズの花言葉」、現在WEBサイトにて連載中の「夢と知りせば」などがある。そのほか誌面やCMなどでモデルとしても活躍している。

Related Tag

#本屋 #恵文社 #ななせ #京都府

Author

tabiiro 旅色編集部

tabiiro

旅色編集部

編集部おすすめの記事や、注目のインタビュー、旅色に関するニュースなどを発信しています。メンバー限定で参加できるファンコミュニティ(likes.tabiiro.jp)の活動報告や、イベント情報も! ▽注目のコンテンツ ・読めばきっと旅気分「月刊旅色」 ・ローカルにフォーカスする「旅色FOCAL」 ・おいしいが見つかる「旅色おとりよせグルメ」

Articles

tabiiro 旅色編集部

五感で触れる土地の記憶、言葉で届ける地域とお酒の真価。「ちゃんと旅を考える学校」第2期開催レポート。

tabiiro 旅色編集部

「教科書で見た世界が目の前に!」鈴木ゆうかさんと青森の縄文遺跡を巡る旅『月刊旅色』2026年6月号

tabiiro 旅色編集部

【福島/会津】紅葉の城下町で、酒場のぬくもりに出会うひとり旅

New articles

- 新着記事 -

土は2000年先へのタイムカプセル? 淡路島・徳島で感じたメッセージとは
  • NEW

兵庫県

2026.06.06

土は2000年先へのタイムカプセル? 淡路島・徳島で感じたメッセージとは

ちゃん旅 美娜

美娜

ちゃん旅

五感で触れる土地の記憶、言葉で届ける地域とお酒の真価。「ちゃんと旅を考える学校」第2期開催レポート。

全国

2026.06.02

五感で触れる土地の記憶、言葉で届ける地域とお酒の真価。「ちゃんと旅を考える学校」第2期開催レポート。

tabiiro 旅色編集部

旅色編集部

tabiiro

昔よく行った、“府中の競馬場”を紹介してみようと思う。

東京都

2026.05.26

昔よく行った、“府中の競馬場”を紹介してみようと思う。

推し旅 さくや

さくや

推し旅

最新スポット「軽井沢T-SITE」とご褒美モーニングで心を満たす日帰りひとり旅

長野県

2026.05.26

最新スポット「軽井沢T-SITE」とご褒美モーニングで心を満たす日帰りひとり旅

女子旅 ほしこ

ほしこ

女子旅

「教科書で見た世界が目の前に!」鈴木ゆうかさんと青森の縄文遺跡を巡る旅『月刊旅色』2026年6月号

青森県

2026.05.25

「教科書で見た世界が目の前に!」鈴木ゆうかさんと青森の縄文遺跡を巡る旅『月刊旅色』2026年6月号

tabiiro 旅色編集部

旅色編集部

tabiiro

【東京】都市に刻まれた鉄道遺構を歩く。渋谷・万世橋・晴海の廃線・廃駅旅

東京都

2026.05.21

【東京】都市に刻まれた鉄道遺構を歩く。渋谷・万世橋・晴海の廃線・廃駅旅

鉄道旅 なお

なお

鉄道旅

More

Authors

自分だけの旅のテーマや、専門的な知識をもとに、新しい旅スタイルを提案します。

ちゃん旅 美娜

ちゃん旅ちゃん旅

美娜

tabiiro 旅色編集部

tabiiro

旅色編集部

推し旅 さくや

推し旅推し旅

さくや

女子旅 ほしこ

女子旅女子旅

ほしこ

鉄道旅 なお

鉄道旅鉄道旅

なお

大人の社会科見学旅 さっか

大人の社会科見学旅大人の社会科見学旅

さっか

奈良まほろば旅 神奈月みやび

奈良まほろば旅奈良まほろば旅

神奈月みやび

ゆるり文化旅 じゅん

ゆるり文化旅ゆるり文化旅

じゅん