【岡山・真庭】発酵の薫る勝山へ。御前酒 蔵元 辻本店と河野酢味噌を巡る醸造旅
ふかいふかい

岡山県

職場・同僚 / 40代 / 訪れた時期:10月

2026/10/30

【岡山・真庭】発酵の薫る勝山へ。御前酒 蔵元 辻本店と河野酢味噌を巡る醸造旅

岡山県北部に位置する真庭市。中国山地の山並みに抱かれ、町の中央を一級河川・旭川がさらさらと流れるこの地には、どこか懐かしく凛とした空気が漂っています。
風情ある白壁や格子窓が続く通りへ足を踏み入れると、軒先で揺れる鮮やかなのれんと、ふわりと鼻先をかすめる芳醇な香りに出合います。それは米が醸され、大豆が熟成する、豊かな「発酵」の薫り。
かつて水運の要衝として栄えた城下町・勝山と、隣町である久世。この地に根づく発酵文化の深淵に触れるべく、旭川の流れに沿って2つの老舗名蔵を訪ねました。酒米のルーツ・雄町米と伝統技法にこだわる「御前酒 蔵元 辻本店」、そして明治から木桶仕込みを守り続ける「河野酢味噌製造工場」。五感をとぎ澄まし、手仕事のぬくもりに浸る醸造の旅へご案内します。

水運の記憶とのれん揺れる白壁の城下町。「勝山町並み保存地区」を歩く

高瀬舟が運んだ物資と清らかな水。発酵を育んだ風土の物語

勝山の町を歩く前に知っておきたいのが、この町を潤してきた旭川と発酵文化の深い結びつきです。

かつて勝山は、美作勝山藩の城下町であると同時に、出雲街道の宿場町、そして旭川を利用した高瀬舟の発着点として繁栄を極めました。上流の山々から切り出された木材や鉄、米や大豆、瀬戸内から運ばれる塩などの物資が集散する川港として、人や物流で大いににぎわったといいます。
物資が集まる地の利に加え、蒜山(ひるぜん)をはじめとする中国山地がもたらす清らかな伏流水、そして冬の厳しい底冷え。良質な原料、清冽な水、微生物がじっくり働く冷涼な気候という三拍子が揃ったこの地で、酒や醤油、味噌といった醸造業が花開いたのは必然のことでした。今も町のあちこちに残る土蔵や舟着場の石畳は、水とともに生きてきた発酵の歴史を静かに物語っています。

白壁・土蔵・格子窓。岡山県初の「町並み保存地区」に息づく暮らし

昭和60年(1985年)、岡山県内で第1号となる「町並み保存地区」に指定された勝山。通りには白壁やなまこ壁、重厚な土蔵、繊細な格子窓を持つ旧家や武家屋敷が立ち並び、足を踏み入れるだけでタイムスリップしたようなノスタルジーに包まれます。
観光地として保存されているだけでなく、今も人々の暮らしが息づいているのが勝山の大きな魅力です。歴史ある古民家や蔵をリノベーションした工房やカフェ、うつわを扱うギャラリーなどがごく自然に溶け込み、古いものと新しい感性が心地良く調和しています。ただそぞろ歩くだけで、日々の忙しさがほどけていくような穏やかな時間が流れています。

たった一軒の「暖簾」が町中に広がり、世界が認めた風景に

勝山の町並みを歩いていて誰しも目を奪われるのが、家々の軒先に揺れる個性豊かな「暖簾」です。暖簾を見ると、そのお店がなんのお店か想像できるのも楽しみですね。また、一般の民家にも家主の思いや屋号を映した暖簾が掲げられ、訪れる人を温かく迎え入れてくれます。

この暖簾文化の始まりは、この地で暮らす加納容子さんという染織家から。最初は家業である酒屋に趣味として吊るしたのがきっかけで、ご近所からも依頼があり、その声が続々と増え町中に広がっていったそうです。町に広がるとともに観光客も増え、平成8年(1996年)住民の有志によって町に暖簾をかける取組が本格的にスタートしたそうです。
草木染めで手がけた1枚の暖簾が町の人々の共感を呼び、一軒、また一軒と町全体へ広がっていったのです。
勝山の町並みと暖簾が織りなす独自の景観美と地域ぐるみの取り組みは、海外の視点から日本の優れた魅力を表彰する「COOL JAPAN AWARD 2025」を受賞。伝統を守りながら町全体をキャンバスのように彩るその試みは、世界からも高い評価を集めています。

雄町米100%と「そやし水」の神秘。「御前酒 蔵元 辻本店」の真髄に触れる

御前酒 蔵元 辻本店

御前酒 蔵元 辻本店

目指すは“飲み飽きしない酒”。女性杜氏が引き出す米の旨味とキレ

御前酒

御前酒

暖簾揺れる勝山町並み保存地区のランドマークともいえるのが、文化元年(1804年)創業の老舗酒蔵「御前酒 蔵元 辻本店」です。かつて美作勝山藩主・三浦公へ献上したことからその名がついた銘酒「御前酒」を醸し続けています。

蔵が掲げる酒造りの信条は、「旨味があってキレがよい」こと

一口飲んで瞬間的に「美味い!」と驚かせる酒は、華やかではあるものの、飲み進めるうちに疲れてしまうことがあります。辻本店が目指すのはその対極。米本来のふくよかな旨味がありながら、後口がすっと引いていくため、盃が知らず知らずのうちに進んでしまう――そんな「飲み飽きしない酒」こそが御前酒の真骨頂です。

その酒質を支えるのが、日本最古の原生種であり酒米のルーツとされる「雄町米(おまちまい)」への徹底したこだわりです。
辻本店では、すべての酒造りに岡山県特産の雄町米を100%使用。溶けやすく醪の管理が難しいとされる雄町米を巧みに操るのは、全国的にも珍しい女性杜氏・辻麻衣子氏を中心とする蔵人たちです。

杜氏・辻麻衣子氏

杜氏・辻麻衣子氏

女性ならではの繊細な視点と、伝統に裏打ちされた確かな技が、雄町の力強い旨味を芯のある美酒へと昇華させています。

約600年前の技法「そやし水」を試飲!圧倒的飲み比べの「御前酒体験ツアー」

酒造りの深奥を五感で体感するなら、ぜひ参加したいのが「御前酒体験ツアー」です。一般的な酒蔵見学のイメージを心地良く裏切る、極めて濃厚な体験が待っています。
見学ではまず、酒の命である仕込み水の試飲からスタート。

旭川の伏流水である澄んだ水を口に含み、この土地のテロワール(土壌)を実感します。この仕込み水の硬度は37mg/Lとされており軟水に分類され、日本人にとっては馴染みがあって飲みやすい硬さです。
ハイライトとなるのが、約600年前の室町時代に起源を持つとされる伝統技法「菩提酛(ぼだいもと)」の核、「そやし水」の試飲です。

1番手前にあるカップは、後ろの仕込み水と比較しても若干濁りがあるのがわかります

1番手前にあるカップは、後ろの仕込み水と比較しても若干濁りがあるのがわかります

御前酒のそやし水は独自改良しています。生米と蒸米ではなく米麹を水に浸し「そやし水」を作ります。
口に含むと、さわやかな酸味とともに、微生物の生命力をダイレクトに感じる独特の風味が広がります。全国でも数少ない蔵しか手がけていない幻の製法を、舌の上で確かめられる貴重な瞬間です。

さらに驚かされるのが、その後のテイスティング。「他の酒蔵ツアーと比較しても圧倒的に飲む量が多い」と評判の通り、条件で変わる酒の飲み比べが続きます。温度帯や酒器の違い、またビンテージによる違いなど、多彩な御前酒を贅沢に飲み比べます。
職人の解説を聞きながら盃を重ねるうちに、舌が肥え、御前酒の「旨味とキレ」が体感として腑に落ちていくのを感じるはずです。
お酒は好きでも、強くない私はここで酔いが回ってきてしまうほど。

テイスティング後は蔵内を工程ごとに丁寧に案内もしてくれます

その丁寧な説明は、お酒とも真摯に向き合っているのだと改めて感じさせられる時間でした。

蔵元の恵みを丸ごと味わう。お食事処 西蔵の「銀鱈の粕漬け定食」

蔵見学と試飲で満ち足りた後は、敷地内の旧仕込み蔵を改装した「お食事処 西蔵(にしくら)」へ。太い梁と白壁に囲まれた趣ある空間で、発酵の恵みをいただくランチタイムです。

選んだのは、名物の「銀鱈(ぎんだら)の粕漬け定食」。 運ばれてきた瞬間から、香ばしく焼けた酒粕の甘い香りが食欲を刺激します。箸を入れると、脂ののった銀鱈の身がほろりと崩れ、口いっぱいに上品な旨味と酒粕の芳醇なコクが広がります。

美酒を搾った後に残る、栄養と旨味が凝縮された酒粕。それにじっくりと漬け込まれた魚は、雑味が消え、素材本来の甘みが極限まで引き出されています。炊きたての地元産のお米とも抜群の相性で、思わず一口ごとに笑みがこぼれてしまう美味しさ。酒造りの営みが、そのまま豊かな食卓へと循環していることを実感させてくれる贅沢な一膳です。

旭川を下り隣町の久世へ。「河野酢味噌製造工場」で五感をとぎ澄ます

高瀬舟の航路をたどる旅路。勝山から久世へ紡がれる発酵の歴史

辻本店を後にし、次なる目的地「河野酢味噌製造工場」へ向かいます。勝山から車を走らせること約10〜15分、お隣の真庭市久世(くせ)地区へ。この道程は、かつて高瀬舟が旭川の水流に身を任せて下ったルートそのものです。
久世もまた、水運の河港や街道の宿場として栄えた歴史ある商人の町。明治時代からこの久世の地で酢、味噌、醤油といった日本の基本調味料を醸造し続けているのが河野酢味噌製造工場です。

蔵の敷地に一歩足を踏み入れると、勝山の酒蔵とはまた異なる、どこか甘酸っぱく、深みのある大豆と麹の香りが漂ってきます。

ここでは現代の大規模工場のようなオートメーションとは一線を画す、昔ながらの木桶や職人の手仕事によるモノづくりの現場を見学できます。

外はパサッ、中はもっちり。舌と五感で知る「蒸米」と「米麹」の秘密

河野酢味噌の見学が特別なのは、解説を聞くだけでなく、仕込みの工程にある素材を実際に「試食」/line]させてくれる点です。

まず手渡されたのは、蒸し上がったばかりの「蒸米」

口に含んで驚くのはその独特な食感です。私たちが普段食卓で食べるご飯とはまるで違い、「外側はパサパサ、芯はもっちり」とした食感です。蔵人の方曰く、これこそが理想の蒸し加減なのだそう。米同士がくっついてダマになるのを防ぎ、この後に振りかける麹菌を米粒の一つひとつへ均等に付着させるため、絶妙な水分コントロールが求められるといいます。

続いて試食させていただいたのは、菌がしっかりと破精(はぜ)込んだ「米麹」

白く美しい菌糸を纏った米粒を口に運ぶと、不思議なことに、まるで蒸した栗のような優しく上品な甘みがふわりと広がります。思わず「甘い……!」と声が出ると、「そう、良い麹は栗のような香りと甘みがするんです」と職人さんが嬉しそうに教えてくれました。

職人たちは毎日、米を手で触れ、鼻を近づけて香りを確かめ、時には米粒をプチッと指先で割って内部への菌の入り具合(破精込み)を目視で確認します。計器の数字だけでは測れない、職人の五感と微生物との対話が、百余年の伝統の味を支えている現場の息吹に胸が熱くなります。

酒蔵から酢蔵へつながる「酒粕」のバトン。長期熟成の「赤酢」と発酵の循環

河野酢味噌を代表する銘品のひとつに、職人が手間ひまをかけて造る「赤酢」があります。一般的な穀物酢と違い、琥珀色から赤褐色に輝くこの酢の原料となるのが、じっくりと熟成させた「酒粕」です。
真庭市勝山の御前酒蔵元 辻本店から、近年需要が減少し余っていた酒粕の有効な使い道はないかと相談を受けたことが、3年熟成赤酢の誕生のきっかけです。
清酒を搾り終えた後の酒粕を、数年間もの時間をかけて蔵でじっくりと寝かせると、アミノ酸がメイラード反応を起こして褐色に変化し、芳醇なコクと旨味を蓄えます。その熟成酒粕を使って醸す赤酢は、ツンとした尖った酸味がなく、まろやかで奥深い旨味を湛えています。
ここには、清酒を搾った後の酒粕を無駄にせず、料理を慈しむ調味料へ、そして極上の酢へと生まれ変わらせる「伝統的なアップサイクル」の知恵が息づいています。川で結ばれた2つの蔵を巡ることで、真庭という地域の中で発酵が美しく循環しているストーリーが、ひとつの輪となって繋がった瞬間でした。

まだまだ広がる発酵の魅力。職人集団「まにわ発酵's」の挑戦

今回訪ねた2蔵も名を連ねているのが、真庭の醸造家が集う「まにわ発酵's」です。2012年に結成され、伝統の日本酒や酢・味噌はもちろん、クラフトビールやワイン、蒜山ジャージー牛のチーズまで和洋多彩なプロが集結。蔵や手法を公開し合い、軟水・硬水の違いを生かした共同醸造など切磋琢磨を続けています。真庭には、一度の旅では巡りきれない奥深い発酵文化と魅力的なスポットが、まだまだ数多く息づいています。

まとめ

いかがでしたか。旭川の豊かな恵みと、山から吹き降ろす澄んだ空気。そして、目に見えない無数の菌たちと何代にもわたって対話を重ねてきた蔵人たちの手のぬくもり。
真庭で出会った発酵の文化は、単なる伝統の継承にとどまらず、軒先の美しい暖簾や、酒粕を無駄なく生かす日々の営みの中に、今も瑞々しく息づいていました。
旅から戻った日の夕暮れ、持ち帰った御前酒の栓を抜き、河野酢味噌の調味料で仕立てた料理を並べてみる。口に含んだ瞬間に広がる凛としたキレと優しい甘みに、あの白壁の町の穏やかな風が、ふたたびそっと吹き抜けたような気がしました。

旅色編集部 ふかい

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記事企画・監修:旅色編集部 ふかい

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