金継ぎの美学と黄金の糸が紡ぐ、人生のつながりを見つめた金沢・加賀の旅【石川県】

石川県

2025.09.29

LINEでシェア
はてなでシェア
pocketでシェア
金継ぎの美学と黄金の糸が紡ぐ、人生のつながりを見つめた金沢・加賀の旅【石川県】

天井から降り注ぐ3万本の黄金の糸。割れた器を金で繕う伝統の技。一見関係のない二つの美が金沢・加賀で出会ったとき、私は「完璧でないからこそ美しい」という日本の美意識の深さを知った。FIL D'ORの幻想的な空間から始まり、350年続く大樋焼の茶室での静寂の時間、そして自分の手で金継ぎを体験する宿「界 加賀」での発見まで。1泊2日の旅路で出会った「つながり」と「不完全性の美」は、現代を生きる私たちに忘れかけていた人生の豊かさを静かに教えてくれた。

目次

閉じる

天井から降り注ぐ「黄金の糸」――FIL D'OR

時を紡ぐ茶陶の系譜――大樋美術館

欠けをつなぐ黄金の修復――界 加賀での金継ぎ体験

金の糸でつながる美、不完全の美に生きる

天井から降り注ぐ「黄金の糸」――FIL D'OR

天井から降り注ぐ黄金の糸

天井から降り注ぐ黄金の糸

カウンター席

カウンター席

キッチンの薪の様子

キッチンの薪の様子

黄金の糸が風に揺らぐ

黄金の糸が風に揺らぐ

金沢駅から始めに向かったのは、レストラン「FIL D'OR (フィルドール)」。その名はフランス語で「金の糸」を意味し、螺旋階段を登った先には店名の通り、天井から降り注ぐ約3万本の黄金の糸が作り出す圧巻の空間美が広がっていた。建築家で陶芸家でもある奈良祐希氏が設計したこの空間は、まるで土の洞窟のような包み込まれる安らぎに満ちている。

空調によって糸がゆらゆらと踊る様子は、1/fゆらぎのような心地良さで、つい見上げてしまう美しさだった。今年の5月に移転オープンした同店は、元々は学生寮だった場所を改装。飲食店では曲線デザインは非効率と避けられがちな中、あえて既存建物の曲線を活かした間や余白を大切にした設計哲学に、奈良氏の美意識を深く感じた。

中学時代からの先輩後輩という絆で結ばれた奈良氏と田川真澄シェフが作り上げたこの場所は、「つながりを大切にする」というコンセプトそのもの。まるでアートが生きているかのような曲線美に包まれながら、金沢の豊かな風土への想いが静かに心に響いてくる。カウンターの向こうでパチパチと燃える薪火や風に踊る糸を眺めているだけで、時間を忘れてしまいそうになった。

奈良祐希氏(左)と田川真澄シェフ(右)

奈良祐希氏(左)と田川真澄シェフ(右)

カトラリーにも店名が刻まれている

カトラリーにも店名が刻まれている

地元の農家さんへの敬意が込められたメニュー

地元の農家さんへの敬意が込められたメニュー

中野さんのフレッシュトマトの手打ちパスタ

中野さんのフレッシュトマトの手打ちパスタ

鴨胸肉の薪焼き

鴨胸肉の薪焼き

コースを締めくくるのは焙じ茶と一緒にいただくパリブレストショコラ

コースを締めくくるのは焙じ茶と一緒にいただくパリブレストショコラ

田川シェフの料理は、まさに石川の風土を一皿に込めた芸術だった。前菜では「エンサイ(空芯菜のような青菜)の薪焼き」や「イチジクの薪燻製」など、薪の香りが口いっぱいに広がった。特に心に残ったのは、「赤イカの桜薪焼きと貝のミルク泡仕立て」。ミルクの泡を崩すと中から現れた食感の異なるカボチャが、イカの繊細な甘味と薪の深い香りが見事に響き合う。「中野さんのフレッシュトマトの手打ちパスタ」では、弾力ある麺が歯応え良く、トマトの酸味が夏の爽やかさを演出する。「石川県産真鯛のパイ包」は、パイの生地に包まれた魚の旨みが口の中でほろりと崩れ、ソースヴァンブランの上品な酸味が全体を美しくまとめていた。「鴨胸肉の薪焼き」は、分厚く切られた柔らかい肉の力強さとベリーソースの甘酸っぱさが意外なほど調和している。黄金の糸に包まれた空間で味わう一皿一皿が、この土地の豊かさを物語っていた。

時を紡ぐ茶陶の系譜――大樋美術館

ミシュランガイドで一つ星を獲得している「大樋美術館」

ミシュランガイドで一つ星を獲得している「大樋美術館」

初代から現代までの大樋焼と加賀藩ゆかりの茶道具を展示

初代から現代までの大樋焼と加賀藩ゆかりの茶道具を展示

奈良祐希氏の作品

奈良祐希氏の作品

11代大樋長左衛門(年雄)氏の作品

11代大樋長左衛門(年雄)氏の作品

大樋ギャラリーにて

大樋ギャラリーにて

館内に足を踏み入れると、350年の歴史を持つ大樋(おおひ)焼の器たちが静かに並んでいた。ろくろを使わず、手びねりで形づくられた器はどれも少し歪で、どこか人間らしい。飴釉の深い艶が、光を受けて柔らかく揺れる。大樋焼は江戸時代から続く茶陶の名門。加賀藩の文化と共に発展してきた歴史がある。11代大樋長左衛門の長男である奈良氏の案内で、歴代の作品を巡る。時代ごとに異なる作風、造形の癖、茶人との対話の痕跡。器はただの道具ではなく、茶の湯の精神を映す鏡だった。詫び、寂び、そして一期一会――そのすべてが器の肌に刻まれていた。

非公開の茶室で11代大樋長左衛門夫人のお点前で一服いただく特別な時間

非公開の茶室で11代大樋長左衛門夫人のお点前で一服いただく特別な時間

松濤間から見える樹齢500年の赤松「折鶴の松」は金沢市指定樹木

併設されている茶室(通常は非公開)でお茶席も体験。器を手に取ると、掌にすっと馴染むその感触に、器が私を受け入れてくれたような気がした。抹茶の香りが立ちのぼり、器の縁に唇を寄せると静かに時が止まった。飲み終えた後、茶碗の内側をそっと覗く。そこには誰にも見せない景色が広がっていた。器の中に私だけの時間が宿ったようだ。

大樋美術館は、器を「見る」だけでなく、「聴く」場所だった。器の声に耳を澄ませることで、自分の中の静けさと向き合う。それは現代の喧騒の中で忘れかけていた、心の余白を取り戻す時間。器は思想であり、関係性であり、時間の記憶である、そんな気がした。

欠けをつなぐ黄金の修復――界 加賀での金継ぎ体験

欠けた湯呑み(左)が金継ぎで生まれ変わるまで(右)を工程順に展示

欠けた湯呑み(左)が金継ぎで生まれ変わるまで(右)を工程順に展示

宿泊者限定の金継ぎ体験は人気のアクティビティ

宿泊者限定の金継ぎ体験は人気のアクティビティ

温泉旅館で初めて設けられた、小さな金継ぎ工房。スタッフが自らの手で器の修復を行い、宿泊者がその一部を体験できる。時間を経て、ひびや欠け、割れてしまった器を伝統技法でなおし、再び食事の場で提供する。界 加賀の「器は宝物」という精神が美しく結実する循環の仕組みがここにある。

九谷焼の金継ぎ体験は、この旅で最も印象深いものとなった。それは「侘び寂びの精神」が腹落ちした時間だったのだと思う。「侘び」という簡素で静かな美、汚れや変化を受け入れて楽しむ心。「寂び」という経年変化や劣化ともみなされる、時の流れが生み出す風格や深みといった美。頭でわかっていたことが、手を動かすことで心でも感じられるようになる。

漆を塗る様子を見学

漆を塗る様子を見学

粉まきの工程を体験

粉まきの工程を体験

金継ぎに使用する道具

金継ぎに使用する道具

体験したのは「粉まき」という、漆を塗り重ねた割れ目に金粉をまく工程。欠けた器は単なる修復を超えて、新たな美を纏う。壊れたものに新たな価値を与える視点に日本らしい美意識を感じた。かつての姿より味わい深く、唯一無二の存在になる。傷を隠すのではなく、際立たせる。完璧ではないからこそ宿る味わい、時の経過が生み出す風情、永遠でないことの尊さ――金継ぎは、不完全性を美として愛でる日本人の心を体現した技法だった。

金の糸でつながる美、不完全の美に生きる

界 加賀の共用部に飾られている九谷焼

界 加賀の共用部に飾られている九谷焼

界 加賀では料理に合わせて制作された九谷焼とのマリアージュも絶妙(写真は朝食膳)

界 加賀では料理に合わせて制作された九谷焼とのマリアージュも絶妙(写真は朝食膳)

私たちの人生も、きっと金継ぎのようなものなのだろう。傷ついたり、失敗したり、完璧ではない部分がある。でもそれを隠すのではなく、美しく修復しながら歩んでいく。そうして一本一本紡がれた人生の糸が、やがて美しい織物になっていく。

金沢・加賀を後にするとき、私の心には確かな充足感があった。この旅で学んだのは、「つながり」の美しさと、「不完全さ」を受け入れる強さだった。そして何より、一瞬一瞬を大切に味わうことの豊かさを知った。3万本の黄金の糸のように、私たちの人生にも無数のつながりがある。旅を振り返ったとき、この糸が単なる装飾ではなく、人と人、過去と現在、伝統と革新、完璧と不完全―すべてを結ぶ象徴のようにみえた。それらを大切に紡ぎながら、完璧でない今日という日を、かけがえのないものとして生きていこうと思う。

時を重ねた朱色の柱が、静かに過去と現在をつないでいる(山代温泉・温泉寺にて)

時を重ねた朱色の柱が、静かに過去と現在をつないでいる(山代温泉・温泉寺にて)

Related Tag

#石川県 #宿泊レポート

Author

フォトエッセイ リリ

フォトエッセイフォトエッセイ

リリ

東京都在住の会社員。カメラを片手に街歩きをしたりカフェ巡りをすることが趣味です。大好きな建築やアートなどを中心に、旅先で得た気づきや体験を感じたままに独自の感性で綴ります。

Articles

フォトエッセイ リリ

縫い目の向こうにある時間──刺子と暮らしの記憶【福井・三国湊】

フォトエッセイ リリ

【福井・三国湊】風を待つ町で、文化の層を歩く旅

フォトエッセイ リリ

やんばるの奥、大宜味村・東村へ。まだ辿り着いていなかった深い沖縄の旅

New articles

- 新着記事 -

「魔法」を味わえる川越のオーガニックレストラン
  • NEW

埼玉県

2026.11.01

「魔法」を味わえる川越のオーガニックレストラン

かわごえ魅力発信部 Emi

Emi

かわごえ魅力発信部

川越のちょっと奥で、大満足のランチ見つけた
  • NEW

埼玉県

2026.10.31

川越のちょっと奥で、大満足のランチ見つけた

かわごえ魅力発信部 岡部 裕樹

岡部 裕樹

かわごえ魅力発信部

日常をちょっと贅沢にする、本格フランス菓子店
  • NEW

埼玉県

2026.10.31

日常をちょっと贅沢にする、本格フランス菓子店

かわごえ魅力発信部 しろも

しろも

かわごえ魅力発信部

「街を置き去りにしちゃいけないんだ」。マリオ・ベリーニの建築思想と「ピーマン通りの肉詰め」秘話
  • NEW

山梨県

2026.10.30

「街を置き去りにしちゃいけないんだ」。マリオ・ベリーニの建築思想と「ピーマン通りの肉詰め」秘話

リゾナーレ八ヶ岳・広報担当 日野

日野

リゾナーレ八ヶ岳・広報担当

【旅色特別企画】台湾東部・花東を旅して、5日間で映像に。国際観光映像制作コンテスト「台湾の東 23.5°N」
  • PR

全国

2026.10.26

【旅色特別企画】台湾東部・花東を旅して、5日間で映像に。国際観光映像制作コンテスト「台湾の東 23.5°N」

tabiiro 旅色編集部

旅色編集部

tabiiro

マイナス20℃の寒さを楽しさに変える! 星野リゾート トマム「氷のホテル」ができるまで ~継ぎ目のない一枚氷に宿る、職人とスタッフの熱量~

北海道

2026.10.19

マイナス20℃の寒さを楽しさに変える! 星野リゾート トマム「氷のホテル」ができるまで ~継ぎ目のない一枚氷に宿る、職人とスタッフの熱量~

星野リゾート トマム・広報担当 佐藤

佐藤

星野リゾート トマム・広報担当

More▶