【イベントレポート】長崎在住ライターと『ブラタモリ』出演の観光ガイド 山口さんが案内! 地元民も知らない長崎・丸山を“さるく”
長崎在住の旅色LIKESライター・おんりさんが主宰した「長崎さるく」イベントが6月7日(土)に開催されました。「さるく」とは、長崎の方言で「ぶらぶら歩く」や「散歩する」という意味。今回はあの『ブラタモリ』にも出演経験がある観光ガイドの山口広助さん(以下、ヒロスケさん)に長崎市丸山町を案内してもらいました。長崎出身の父に「丸山町ってどんなところ?」と聞いてみると「ようわからん」。ほかの長崎の親戚に聞いても「そういえばあまり知らない」そう……。地元民も知らない魅力がある丸山町をプロによる解説付きでレポートします。
目次
さるく集合場所は 「丸山公園」 。 周辺には坂本龍馬ゆかりのスポットが
ヒロスケさんとは「丸山公園」で待ち合わせ。現在は地元の人がベンチに座ってのんびり過ごしたり、野良猫と戯れたりする場所ですが、江戸後期には約10軒の遊郭が存在していたエリアでした。丸山花街は日本人だけでなく異国人も通っており、その賑わいから「江戸の吉原」「「京都の島原」と同じく日本三大花街に数えられたそう。
また、園内には坂本龍馬像が。坂本龍馬といえば、長崎を拠点に日本初の商社「亀山社中」を設立し、薩長同盟の成立に奔走。この龍馬像は2010年放送の大河ドラマ『龍馬伝』のヒットから建てられたもので(主演の福山雅治さんは長崎市稲佐町出身)、龍馬三種の神器である鉄砲、懐中時計を持ち、ブーツを履いています。三種の神器を身に着けた龍馬像は全国でも珍しく、像の後ろの足元にはハートマークがあります。
◆丸山公園
住所:長崎市寄合町1
公園周辺には、遊郭や龍馬にゆかりのあるスポットがいくつかあります。その一つ「史跡料亭 花月」は、花街の老舗であった引田屋(ひけたや)の庭園と茶屋が1960年に県の史跡指定にされた全国的に珍しい史跡料亭です。引田屋は丸山花街内でも随一の規模を誇り、一流の太夫たちが揃っていました。そのため、幕末の要人や文化人、異国人たちが足しげく通い、現代の「高級サロン」のような存在だったそう。龍馬もお客さんの一人で、2階の大広間「竜の間」には龍馬が切りつけたと伝わる床柱の刀傷があったり、龍馬直筆『イカルス号事件嘆願書』が保管されていたりします。「イカルス号事件」とは、イギリス軍艦イカルス号の水兵が殺害され、海援隊や土佐藩に嫌疑がかけられた事件。この嘆願書は龍馬が長崎奉行所に対して抗議するための下書きで、一カ月近くの取り調べののち、真犯人が逮捕された、というもの。
◆史跡料亭 花月
住所:長崎市丸山町2-1
電話番号:095-822-0191
※完全予約制(大人2名より)
※前日までに電話予約が必要
※個人の予約は2ヶ月前から可能
※月・水曜日はメンテナンスの都合上、予約の変更が発生する可能性あり
営業時間:12:00~15:00(LO13:00)、18:00~22:00(LO19:00)
定休日:不定休(主に火曜日)
刺された傷がなくなった!? 花街で働いていた人たちもお参りした「梅園身代り天満宮」を目指して坂道を進む
「史跡料亭 花月」から坂を上ると見えてくるのが「長崎検番」。芸妓衆(げいこし)の稽古や、お座敷への手配・統括を行っている場所で、築100年を超す木造2階建ての建物です。軒先には芸妓衆の名が記された赤ちょうちんが並び、レトロな雰囲気を醸し出しています。現在も芸妓さんたちがここで三味線や芸事を練習しており、市内の提携料亭を通じて芸妓衆を呼ぶこともできるそう。軒先の提灯には芸妓さんたちの名前が書いてあります。
◆長崎検番
住所:長崎市丸山町4番1号
電話番号:095-822-0168(長崎検番事務所)
そんな検番の先には「梅園身代り天満宮」が。坂道を10分ほど登ると見えてくる神社で、「身代り天神」として遊女や芸妓さんの心のよりどころとして愛されてきました。「身代わり」といわれる理由をヒロスケさんが境内にある絵を見せながら教えてくれます。
「1693年のある夜にね、町役人の安田治右衛門という人が男に襲われて左脇腹をやりで刺されるんですよ。ところがね、自邸に担ぎ込邸まれて体を見ると、どこにも傷がないんです。その代わりに自邸で祀っていた天神像の左脇腹から血が流れていて倒れてたんですよ」
ヒロスケさんの臨場感のある語り口に参加者からは「え~」や「お~」というリアクション多数。急坂を上って息も絶え絶えだったはずなのに、いつの間にかヒロスケワールドに引き込まれていました。
◆梅園身代り天満宮
住所:長崎市丸山町2-20
電話番号:095-823-2281(料亭 青柳)
「高島秋帆(しゅうはん)旧宅」で砲術の発展から原爆投下について学ぶ
またまた坂道を上って10分ほどで到着したのが「高島秋帆旧宅」。幕末の砲術家として有名な高島秋帆の別邸跡地です。秋帆は荻野流砲術(※)を父に学び、オランダから大砲・弾丸・銃などの武器を購入し、西洋砲術を研究。1841年には徳丸原(とくまるがはら、現在の東京都板橋区高島平)で洋式の砲術演習が実施され、秋帆は幕府から褒賞を受けますが、翌年、無実の罪で捕えられてしまいます。その12年後釈放されたのち、国防に尽くします。
「長崎市内には殿様が住んでいたような立派な城はありませんでしたが、今も残っている石垣やこの広大な敷地から、権力を持っていたことがわかります」とヒロスケさん。
旧宅にたどり着くまでたくさん坂道を上ってきましたが、この場所の標高は約44メートル。1945年8月9日に長崎に落とされた原爆の爆心地の標高は約20メートル。上空500メートルで炸裂したため、坂の上にある旧宅のさらに上から落とされたことがわかります。
「この旧宅は原爆で大破してしまったのですから、すごい勢いの風だったんでしょうね」
砲術の研究をした人物の家がやがて恐ろしい爆弾で大破してしまう……。恐ろしさを感じるとともに、長崎を訪れるなら知っておきたい歴史の一部を知れる場所でした。
※荻野流砲術:江戸時代初期に荻野六兵衛安重によって創始された和流砲術の一流派。鉄砲や大砲の射撃法、火薬調合法、砲丸の種類や扱い方などを体系的に研究した。
◆高島秋帆旧宅
住所:長崎市東小島町5-38
電話番号:095-829-1193(長崎市文化観光部文化財課)
旅のゴール「料亭 青柳」に向けて“ほんとうのオランダ坂”を歩く
旅のゴール「料亭 青柳」まではやっと下り坂。ずんずん進んでいくと“ほんとうのオランダ坂”に到着。そもそも「オランダ坂」とは、洋風住宅が立ち並び異国情緒あふれる東山手地区(長崎駅から路面電車を乗り継いで約15分)にある石畳の坂のこと。内部を見学できる洋館もあるので、人気の観光スポットになっています。では、この丸山にある“ほんとうのオランダ坂”とは……?
「鎖国時代、丸山の遊女たちは出島を行き来できる唯一の女性だったため『オランダ行き』と呼ばれていたんです。その当時、坂の下にある路面電車の幅くらいに川があって、小舟が渡してあったので、遊女たちはこの道を使って出島へ渡ったためここが本当の『オランダ坂』なんです」
東山手のオランダ坂は何度も足を運んでいましたが、まさかこんな事実があったとは驚きです。
約1時間30分の濃縮な旅のゴールは「料亭 青柳」。ヒロスケさんのご実家であるこの料亭には、平和記念像の製作者・北村西望(きたむらせいぼう)も通っていたため、彼の作品や資料が展示されています。なかでも平和記念像のひな形に注目を。平和公園に設置されているものと異なり、顔が斜めを向いています。
◆料亭 青柳
住所:長崎市丸山町7番21号
電話番号:095-823-2281
営業時間:12:00〜15:00、18:00〜22:00 ※いずれも要予約
濃密な丸山ツアーは長崎ツウも行くべき!
濃密な約1時間30分のツアーは、レポートした内容以外にも発見がたくさん。終始、ヒロスケさんの解説に驚かされ、長崎に通い詰めているわたしでも新しい発見の連続でした。まだ長崎に行ったことがない人も、何度も訪れた人も、ぜひガイドツアーを活用して丸山町をさるくしてみては。
◆長崎在住旅色LIKESライター・おんりと行く「長崎・丸山さるく」イベント
日時:6月7日(土)13:00~16:00
参加人数:12名
参加料金:旅色LIKESメンバー特別価格
※気になる方は旅色LIKESメンバーサイトでご確認ください












