【奈良】今年は豊臣秀長ゆかりのお寺と城下町でひな祭り! 壷阪寺(つぼさかでら)の「大雛曼荼羅(だいひなまんだら)」と「高取城下 町家のひな祭り」
立春が過ぎ、いよいよ春はそこまで。もうすぐひな祭りですね。奈良県高取町にある壷阪寺は創建が大宝年間(701年〜704年)と伝わり、西国三十三所の六番札所にもなっている古刹。日本三大山城と言われる高取城のあった高取山の中腹にあります。その壷阪寺ではこの時期、日本で最大級と言われる「大雛曼荼羅」を開催。高取城下町である下土佐街道筋の民家や店舗に雛飾りを行う「高取城下 町家のひな祭り」とともに、圧巻のお雛様に囲まれる体験をしてみませんか。
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お雛様に『豊臣兄弟!』……。見どころいっぱいの壷阪寺
高取城に向かう山の中腹にある壷阪寺は、正式には壺阪山南法華寺(みなみほっけじ)といい、広大な敷地を持つ大寺です。西国三十三所(※1)の第六番札所なので、本堂礼堂におわしますご本尊は、十一面千手観音様。眼の病気平癒に霊験があらたかで、日本中から参拝客が絶えません。この寺を舞台にした盲目の沢市とお里の夫婦愛の物語は『壷阪霊験記』という人形浄瑠璃の演目にもなっています。さて、本堂に向かう前にまず目に入るのは天竺(インド)由来の石の大仏様。季節ごとに自然の花や緑に彩られますが、紫陽花や紅葉の時期には特別な演出がされることもあり、いつ行っても新たな発見のあるお寺です。道路を渡った離れの境内にあるのは、同じく天竺由来の大観音石像と大涅槃(だいねはん)石像。ご本尊に比べると随分お若いですが、近づいてみるとその大きさに度肝を抜かれます。
壷阪寺では2月下旬~4月初旬まで、大講堂・灌頂堂(※2)、本堂礼堂の3か所で総計4,500体ものお雛様とご本尊である十一面千手観音様や仏様が一緒にお祀りされる「大雛曼荼羅」が公開されます。たくさんのお雛様の中に、変わり雛、話題の雛など、愉快な雛が混じっており、まるで「ウォーリーを探せ」ならぬ「変わり雛を探せ」というミッションのようです。ミクロな雛たちの世界を覗いてみると、これもまたユニーク。宴会をしていたり、カラオケに興じていたり。絵巻の世界に入り込んだように夢中になってしまいます。
壷阪寺では、今年のNHK大河ドラマの主人公である豊臣秀長にも会えます。壷阪寺から山頂まで登った先にある高取城を大改修したのは、秀長の家臣・本多利久で、神仏を敬っていた秀長公は壷阪寺の勧進(※3)に努めました。このことから壷阪寺の灌頂堂では、秀長の木像が利久の嫡男・本多俊政とともに祀られています。雛巡りの時期には無骨な秀長公の前にも雛飾りがされ、微妙な華やかさが加わります。今年の「大曼荼羅」は2月28日(日)~4月18日(土)に開催。大仏様が桜に彩られる「桜大仏」の時期は駐車場の規制がある場合があるので、事前に公式HPを確認してから出かけたほうがいいでしょう。
※1西国三十三所(さいごくさんじゅうさんしょ):近畿地方2府4県(滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県)と岐阜県に点在する、観音菩薩を祀る33の札所寺院を巡る日本最古の観音霊場のこと。718(養老2)年に徳道上人(とくどうしょうにん)が開いたとされ、33の寺院を巡ることで極楽浄土へ行ける(満願)と信仰されている。
※2灌頂堂(かんじょうどう):真言宗などの密教寺院において、阿闍梨が弟子に法を授ける重要な儀式「灌頂」を執り行うための専用の仏堂。
※3勧進(かんじん):寺社・仏像などの造立・修復のために寄付を集めること。
◆壷阪寺
住所:高市郡高取町壷阪3番地
電話:0744-52-2016
拝観料:大人800円、子ども(高校生以下)200円、幼児(5才以下)無料
※3月20日〜4月12日の桜の時期は料金変動あり
日本三大山城・高取城は城主も逃げ出す山の上にあった!
高取城は秀長が兄・秀吉から任され、家来である本多利久が標高583.6メートルの山頂あった古城を大改修して築造しました。日本三大山城の一つとされ、麓から天主台までの高さ(比高)は390mと日本一、大小の天主や櫓(やぐら)や門が積み重なる白亜の立体的な美しさは芙蓉の花(※4)にたとえられたとか。現在、城跡には立派な石垣のみが残っていますが、中腹にある壷阪寺からでもけっこうな山道を登ります。軟弱者の私は城跡まではたどりついたことがありませんが、健脚の方、城マニアの方はぜひどうぞ。城跡は南に吉野山、北に大和三山、奈良盆地を一望できる場所で、戦国時代の大和を抑える重要な場所だったことがうかがえます。
※4芙蓉の花のように美しい:この表現は、しとやかで気品のある、儚げな美しさを持つ女性を例える言葉として用いられることが多い。中国の故事で大輪で柔らかな花を咲かせる芙蓉の姿が「美しい女性の顔立ち(芙蓉の顔:かんばせ)」と称されたことに由来している。今回のように建造物に当てはめる場合は、花びらが重なり合った有機的で美しい曲線を持っていると表現している。
高知県に縁あり? の城下町で18年続いた「高取城下 町家の雛めぐり」がリニューアル
しかし、山道を登る通勤? はあまりにもつらかったのか、江戸時代になると家臣団は山麓の土佐街道沿いに城下町を形成し、幕末には城主も町に移り住みました。こうしてできた城下町・土佐街道には、今でも江戸時代から続くような古民家がたくさん残り、ノスタルジックな風景を作り出しています。城下町・下土佐の地名の由来は、奈良時代に大和朝廷の都造りのため、土佐藩(高知)の人たちが動員されたまま帰郷することができず、そのまま住みついたからだといわれています。土佐街道の途中には土佐藩ゆかりの屋敷跡があり、その由来を書いた立札が立てられています。
そんな城下町・高取を盛り上げようと2007(平成19)年に始まったのが「町家の雛めぐり」。土佐街道筋の民家や店舗の店先に代々各家に伝わる雛人形を飾って、訪れた人と地元の方が語り合うという企画でした。最初は数軒から始まり、いつのまにか季節の風物詩としてすっかり定着。18年続いたものの発起人だった方が高齢で体調を崩され、2024(令和6)年でいったんフィナーレ。それでも、せっかくの地域に根付いた取組をストップするのはもったいないと、役場や観光協会、町の有志が立ち上がり、装いを変えて昨年、「高取城下 町家のひな祭り」として復活し、今年が第2回となります。
◆高取城
住所:高市郡高取町
電話番号:0744-52-3334
◆土佐街道
住所:高取町大字上土佐・下土佐
最後に
高取町は隣の明日香村とともに、飛鳥時代の古墳や遺跡がたくさん残る歴史ある町です。古代の遺物も有名ですが、高取町の街道筋には中世から近世の面影が色濃く残っていて、奈良県でも大名支配があったことがわかります。そんな高取を治めた城主は秀長以降、明治の廃藩置県までこの地と城下町を発展させました。また、江戸亨保年間(1716~1736年)に作られたお雛様が今もなお受け継がれ、武家の伝統を感じさせます。普段は静かな城下町が華やかに彩られるこの季節に、ぜひ足を運んでいただきたいです。














