【東京都日野市】いまなお新選組が息づく街、高幡不動と日野で推し旅
こんにちは。旅色LIEKSで“推し旅”を担当します、さくやです。あの時ハマった小説や漫画、アニメや映画の一場面を見に行こうと観光地から離れて自分だけの旅をする推し旅。東京の郊外にある京王線高幡不動駅周辺から中央線日野駅あたりは、江戸時代末期に活躍し、現代では数々の作品で描かれている新選組が生まれ育ち、旅立った場所としてファンが聖地巡礼をする地域です。5月にはひの新選組まつりいうイベントも行われるこのエリアや新選組ゆかりの観光施設などについて、今回は紹介します。一つひとつは小さなスポットですが、中々に奥深い新選組沼に漬かることができますよ。
目次
境内から参道まで新選組尽くし! 「高幡不動尊金剛寺」へお参りを
新宿から高幡不動駅まで京王線の特急に乗り約40分、まずは高幡不動尊へ向かいます。高幡不動尊の正式名称は高幡山不動尊金剛寺。“火伏(ひぶせ)の不動さん(=火災を封じ、火難から人々を守るご利益があると信仰される不動明王)”として信仰の深い寺院で、新選組副長・土方歳三の菩提寺でもあります。境内を入ってすぐのところには歳三の像と殉節両雄之碑(※1)があるので、撮影する方がちらほら。また、境内奥にある大日堂(※2)には歳三と新選組隊士慰霊の大位牌が祀られています。
※1殉節両雄之碑(じゅんせつりょうゆうのひ):新選組隊長・近藤 勇と副隊長・土方歳三の功績を称えるため、1888(明治21)年に建立された碑。戊辰戦争で逆賊とされた二人の名誉回復を願い、縁の深い小島為政らが旧会津藩主・松平容保らの協力を得て建立した。
※2大日堂:高幡山の総本堂。1779(安永8)年の大火で焼失し、長く仮本堂だったが1982(昭和57)年から5年の歳月をかけて根本改修工事が行われた。有名な鳴り龍天井や優れた彫刻群、幽玄な内陣荘厳等の鑑賞ができる。
お寺への参道沿いには新選組関連の写真やイラストがいくつも。なかには“池田屋”という各地の新選組のグッズを扱うファン垂涎(すいぜん)のお土産屋さんがあります。ここでは色々なグッズが売られており、これなら身に着けられそうな新選組グッズを見つけるのも面白いです。ふと、店内に年始の電車旅で買った会津の赤べこのミニチュアに新選組バージョンが飾ってあり、その説明を聞いてから会津若松の赤べこ情報にまで広がり、話に花が咲きました。寺院のすぐ向かいにある池田屋の系列店・高幡まんじゅう松盛堂(しょうせいどう)では、さまざまな種類のお饅頭が1個から購入可能で、隣の休憩所でサービスのお茶と共に食べられるので、参道沿いもぜひ寄ってほしいです。
◆高幡不動尊金剛寺
住所:日野市高幡733
電話番号:042-591-0032
◆新選組グッズ池田屋
住所:日野市高幡1-8 3F
営業時間:11:00~17:00
定休日:月~水曜日
◆高幡まんじゅう松盛堂
住所:日野市高幡1-1
電話番号:042-591-0317
営業時間:9:00~17:00
土方歳三の生家「土方歳三資料館」に向け、タイムスリップ気分で散策
続いて、歳三生誕の地へ向かいます。時間がないときは多摩モノレール線高幡不動駅から万願寺駅の一駅のみ乗車してアクセスすることもできますが、高幡不動駅から徒歩約5分でたどり着く向島用水親水路を経由しての散策がおすすめ。コンクリートだった用水路を木の杭と土で昔の姿に再現した道のりは、まるで歳三が生きていた時代へタイムスリップしていくような感覚がしてきます。
散歩道を越えた先の多摩川の支流・浅川に架かる橋を渡った先は歳三の生地・旧石田村の地域です。実家の一部は土方歳三資料館として開放しており、毎年5月と9月に愛刀だった和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)の刀身が公開されます。特に5月は命日に合わせて拵え(※3)も展示されます。すり減った刀身と生々しく手形が残る柄糸(※4)が、彼が本当に歴史の表舞台で活躍した人物だったと教えてくれます。
※3拵え(こしらえ):日本刀の鞘(さや)、柄(つか)、鍔(つば)、目貫(めぬき)など、刀身以外の外装・付属品の総称。
※4柄糸(つかいと):日本刀の「柄(つか:握り手部分)」に巻き付けられる、平たい組紐や革紐のこと。
◆向島用水親水路
住所:日野市新井923番地の1
◆土方歳三資料館
住所:日野市石田2の1の3
営業時間:第1・3日曜日の12:00~14:00
新選組の記憶を今に伝える「日野宿本陣」と「佐藤彦五郎新選組資料館」へ
銀座ウエストの袋を見て、地元の方から声をかけられる一コマも。
さて、多摩モノレールに乗車して万願寺駅から甲州街道駅へ移動します。甲州街道駅から日野宿までは徒歩約10分ですが、途中で寄り道をしてみます。実は、駅と日野宿のほぼ中間地点に、ドライケーキで有名な老舗洋菓子店・銀座ウエストの日野工場直売店があります。支払いは現金のみですが、全品10%引きでケーキが購入できるので、途中で食べようかと思い買ってしまいました。スプーンやフォークなども有料でつけていただけるのもありがたいです。
寄り道から戻って進むは甲州街道。この先に都内で唯一現存している街道沿いの本陣建築(※5)・日野宿本陣へ向かいます。ここはかつて、日野の名主を務め、土方歳三の義兄・従兄で新選組の支援者としても知られる佐藤彦五郎の旧宅でもありました。彼は、天然理心流(※6)の門をたたいた縁で近藤 勇・土方歳三・沖田総司と親交を持ち、新選組を陰で支えていた方でもあります。本陣内部には、当時使用していた食器や道具類などが展示されています。部屋ごとに異なる建物の意匠の違いを見ていると、思わず時間を忘れてしまいます。係員の方のお話によると、江戸末期の建築と幕末史関連が好きな方がよく訪れるそうです。希望すればボランティアガイドによる案内も受けられます。
※5本陣建築:江戸時代の宿場において、大名、公家、幕府役人など身分の高い人が宿泊・休憩した専用施設のこと。
※6天然理心流:江戸時代後期に創始された、剣術、柔術、棒術などを統合した古武道のこと。実戦を想定した非常に重い木刀での稽古や、小手先の技に頼らない手堅い剣法が特徴。
また、この本陣の裏側では、子孫の方が日曜日に自宅の一部を改装して佐藤彦五郎新選組資料館を開いています。小さな資料館ながらも、展示品は当時の新選組との交流の書簡をはじめとした資料が多く、これまた時間を忘れて見入ります。ちなみに、年に一度ひの新選組まつりの2日間限定で市村鉄之助(※7)が届けたとして有名な歳三の写真が公開されますよ。
※7市村鉄之助:幕末から明治初頭に活躍した新選組の隊士で、歳三の小姓。14歳で入隊し、函館戦争まで土方に従い、五稜郭開城前夜に土方の遺品(写真・髪・辞世の句)を託され、東京の佐藤彦五郎宅に届けた人物として知られる。
◆銀座ウエスト日野工場直売店
住所:日野市日野1545
営業時間:10:00~18:00
◆日野宿本陣
住所:日野本町2の15の9
電話番号:042-583-5100(ふるさと文化財課)
営業時間:9:30~17:00 ※最終入館16:30
定休日:月曜日(祝日の場合は翌日休み)、年末年始
入館料:大人200円、小人50円
◆佐藤彦五郎新選組資料館
住所:日野本町2丁目15-5
電話番号:042-581-0370
営業時間:第1・3日曜日の11:00~16:00
入館料:大人500円、小・中学生300円
“新選組”推し旅の締めは「日野八坂神社」と「日野交流館」で
だんだん日が傾いてきたので、急ぎ足で甲州街道沿いに戻り、日野八坂神社へお参りをします。こちらには天然理心流の奉納額(※8)が納められている神社です。ひの新選組まつりのパレードの折り返し地点として使用されるほど広く、奉納額はお祭りのときに有料で公開していた記憶があります。ちなみに、天然理心流は今でも井上松五郎と井上源三郎(※9)の子孫の方が流派を継承し道場を開いています。
※8奉納額(ほうのうがく):願いの成就や感謝の意を込めて、神社や仏閣に掲げられる絵や文字が描かれた額のこと。
※9井上松五郎と井上源三郎:幕末の武蔵国日野出身の兄弟で、八王子千人同心(江戸時代に武蔵国八王子を拠点とした、徳川家直属の郷士集団(御家人))の家系。兄の松五郎は千人同心として幕府に仕え、弟の源三郎は新選組六番隊組長として活躍した。二人とも近藤 勇と親交が深く、天然理心流の使い手だった。
最後にお土産は日野交流館で買います。新撰組グッズの豊富さは、ついついあれこれつ見てしまうほど! 2階は甲州街道と日野の地域の歴史についての展示室があります。今まで新選組関連の資料にどっぷりつかっていたところに、ここが日野自動車の発祥の地だということに気づき、まるで現在に戻ってきたような感覚になるのが面白いところです。
◆日野八坂神社
住所:日野市日野本町3-14-12
電話番号:042-581-1175
◆日野交流館
住所:日野市日野本町7-5-6
電話番号:042-511-7569
営業時間:9:00~17:00 ※会議室は~21:00
定休日:月曜日、年末年始
入館料:無料
毎年5月開催! 選ばれし新選組局長・副長が率いる「ひの新選組まつり」とは
ひの新選組まつりとは、歳三の命日である5月11日に合わせ、毎年5月第2土・日曜日に開催されているお祭りです。なかでも全国から立候補し、前日のコンテストで選ばれた新選組各組隊長と局長、副長が率いるパレードは迫力満点! 「えい、えい、おー」の勝鬨(かちどき)を上げながら何百人もの新選組ファンが隊士に扮し甲州街道を練り歩く姿に圧倒されてしまいます。また、この時期に公開される新選組関連の展示品にも毎年長蛇の列ができています。もし見たい展示品があるときは、事前に回る順路を考えるといいかと思います。
おわりに
新選組の中心人物達が生まれ育ち、今もその人物達を誇りにしている土地が日野市内だけでなく、東京各地にもあります。郊外のため、訪れるのは歴史ファンか漫画、ゲームなどで新選組に触れた方々という場所です。きっかけはゲーム、時代劇や小説であれ、当時から新選組を支えてきた地域の方々のおかげで、この地で推し達が生き生きと駆け抜けた様子を垣間見ることができる貴重な場所だと思っています。特にモノレールの車窓から見える高幡不動から日野一帯は、新選組の中核になった面々と同じ風景を見ているのだなあと、推し旅らしい感慨も味わえます。みなさんも、新選組を取り上げた作品や、5月のひの新選組まつりを機にして、ぜひ訪ねてみてください。
あとがき
姪が中学生だったころ、修学旅行の京都市内の自由行動で壬生寺(※10)に行くため、道順を知っているか聞かれたことがあります。
へぇ、新選組か。何か読んだの? 高幡不動と日野のほうが行きやすいと思うけどなぁ……。
姪:「友達が『薄桜鬼』が好きだから行きたいの」
はくおうき、とは……?
妹:「乙女ゲーだよ。すごい人気があるよ」
そうなのか。自分が高幡不動と日野へ行ったきっかけも『刀剣乱舞Online』をやっていて、昔『燃えよ剣』読んだことを思い出してからぶらついて来たことがきっかけでした。幕末史は登場人物が多すぎて覚えられない自分ですが、新陳代謝をするがごとく新選組がさまざまなコンテンツとして繰り返し登場しても、どの世代にも刺さるという点が面白い点だなあと思っております。
※10壬生寺(みぶでら):幕末には新選組の兵法調練場として使われ、近藤勇の胸像や隊士の墓所「壬生塚」がある歴史的な名所。
















