【倉方俊輔の建築旅】愛媛県松山市で建築家・木子七郎の想いをたどる旅

愛媛県

2025.02.27

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【倉方俊輔の建築旅】愛媛県松山市で建築家・木子七郎の想いをたどる旅

愛媛県松山市には、大正から昭和初期に活躍した建築家・木子七郎(きごしちろう)が設計した、美しく歴史ある建築が残されています。今回は、その中でも代表的な 「萬翠荘」「愛媛県庁舎本館」「鍵谷カナ頌功堂」の3つをご紹介しましょう。

目次

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規則性と不規則性のバランスが見事なルネサンス様式の建築「萬翠荘(ばんすいそう)」(1922年)

ドームを中心として左右対称に広がり、床には化石が隠れている「愛媛県庁本館」(1929年)

8本の円柱で八角形の屋根を支える記念堂「鍵谷カナ頌功堂(しょうこうどう)」(1929年)

おわりに

規則性と不規則性のバランスが見事なルネサンス様式の建築「萬翠荘(ばんすいそう)」(1922年)

調度品がバランス良く配置された迎賓室

調度品がバランス良く配置された迎賓室

迎賓室

松山市の中心部、緑豊かな城山公園の一角に本格的な洋館が建っています。「萬翠荘」という名で、1922(大正11)年に旧松山藩主である久松家の伯爵・久松定謨(ひさまつさだこと)の別邸として建設されました。久松伯爵は20歳の時に渡仏し、フランスの陸軍士官学校を卒業、フランス陸軍に勤務した経験もあります。50代にさしかかり、東京の本邸の他に旧松山城内に別邸を構えようと決めた時、フランスの文化に囲まれたいと考えたのは当然かもしれません。

フランス・ルネサンス様式の洋館

フランス・ルネサンス様式の洋館

その要望に応え、木子七郎はフランスの王族や貴族のシャトー(居館)を思わせる優雅な洋館を完成させました。外観で特徴的なのは、その急勾配の屋根です。天然スレートを葺いて、ドーマー窓(屋根窓)が設けられています。これらはフランスの中世の城館に由来するデザインです。ルネサンス期のフランスにおいて、そこにイタリアのルネサンス建築の規則正しさを採り入れることで、農村風景の中で際立つシャトーの様式が成立しました。

フランスのワインで「シャトー」という名を目にしたことはないでしょうか。これも元々、広大なブドウ畑の中に建つ醸造所がお城のようであるため、ボルドー地方のワイン生産者の呼び名になったものです。久松伯爵もそうしたフランスの文化に親しんでいたことでしょう。

かつて各界の名刺が集まる社交の場として親しまれてきた

かつて各界の名刺が集まる社交の場として親しまれてきた

萬翠荘の外観は、中央の玄関から左右対称の形で2階のベランダにアーチが3つずつありながら、右手の屋根はひときわ高くなっていて、規則性と不規則性のバランスが見事。外壁のタイル貼りの白さも、背後のお城の緑に映えています。

階段正面に広がる、圧巻のステンドグラス

階段正面に広がる、圧巻のステンドグラス

第二次世界大戦後、萬翠荘は一時期米軍に接収されましたが、その後は公的施設に使われ、現在は国の重要文化財として一般公開されています。館内はステンドグラスが見どころの一つです。玄関を入った先の大階段には、ひときわ大きいステンドグラスが。波間に浮かぶ汽船が美しく描かれ、1階と2階の各部屋の窓や扉の上部にも、それぞれに違った図柄のステンドグラスが見られます。

1階にある暖炉が目を引く

1階にある暖炉が目を引く

インテリアも部屋ごとに異なります。玄関ホール隣の広間は、白を基調とする、金色をあしらった華やかな内装です。食堂とその隣の部屋は褐色が基調となり、こちらは木材の素材感を生かしたイギリスのチューダー様式を採り入れて、落ち着いた雰囲気。2階の各部屋も天井や暖炉のデザインがそれぞれに凝っていて、見応えがあります。木子七郎が丹精込めて設計したことがうかがえるでしょう。

木子七郎は、代々宮中のお出入り大工だった木子家の出身で、宮内省技師として皇居造営や平安神宮の設計に携わった木子清敬(きごきよよし)の息子として生まれ、1911(明治44)年に東京帝国大学を卒業しました。10歳年上の兄・木子幸三郎も同大学で学び、宮内省技師を務めた後に独立して、箱根の富士屋ホテル食堂などを完成させます。

木子七郎は兄よりも早い1913(大正2)年に、自らの建築設計事務所を開設しました。そして、松山市に多くの作品を残せた背景には、松山出身の実業家・新田長次郎の長女と結婚した縁があります。萬翠荘の設計依頼もおそらく松山つながりで、久松伯爵にとっても優れた設計者に巡り会えたのは幸運だったでしょう。

◆萬翠荘
住所:愛媛県松山市一番町3-3-7
電話:089-921-3711

ドームを中心として左右対称に広がり、床には化石が隠れている「愛媛県庁本館」(1929年)

4階建ての洋風建築である「愛媛県庁本館」

4階建ての洋風建築である「愛媛県庁本館」

「愛媛県庁本館」は、萬翠荘から徒歩7分くらいのところにあります。ここでも木子七郎の才能である、さまざまな様式の品の良いミックスが見られます。完成は1929(昭和4)年ですから、戦前からの現役の都道府県庁舎として全国でも貴重なもの。それらの中でも、ひときわ優雅な趣を備えているのです。外観は左右対称で、堂々としています。さらに近づけば、アーチや車寄せの縁取りが繊細さを加えていることがわかるでしょう。

正面玄関すぐのロビーにある大理石でできた床には、アンモナイトの化石がいくつも隠れている

正面玄関すぐのロビーにある大理石でできた床には、アンモナイトの化石がいくつも隠れている

天井や壁面に施された装飾が美しい

天井や壁面に施された装飾が美しい

大理石でつくられた暖炉がある貴賓室

大理石でつくられた暖炉がある貴賓室

内部の玄関ホールや階段部は、壁や天井を白でまとめ上げ、そこに黄土色の装飾を加えています。ステンドグラスは幾何学的で、大理石の床は白と黒の市松模様。3階にある貴賓室、4階の正庁も重々しさというよりも、明るくて気品のある印象。こうした昭和初期のモダンな邸宅のような趣は、現在「kudan house(九段ハウス)」として活用されている東京の旧山口萬吉邸(1928年)など、多くの住宅作品に腕をふるった木子七郎ならではです。

◆愛媛県庁本館
住所:愛媛県松山市一番町4-4-2
電話:089-941-2111

8本の円柱で八角形の屋根を支える記念堂「鍵谷カナ頌功堂(しょうこうどう)」(1929年)

2001(平成13)年、登録有形文化財に指定された

2001(平成13)年、登録有形文化財に指定された

「鍵谷カナ頌功堂」は、松山空港から車で約10分の場所にあります。松山特産の伊予絣(いよかすり)と呼ばれる藍染めによる木綿の織物を考案した江戸時代の女性・鍵谷カナの功績を讃え、1929年に伊予織物同業組合によって建立されました。

鉄筋コンクリートづくりの8本の円柱が屋根を支える

鉄筋コンクリートづくりの8本の円柱が屋根を支える

鍵谷カナ頌功堂

柱に膨らみのある8本の円柱で、反りのある瓦屋根が支えられるという形は、あまり目にすることがありません。設計を依頼された木子七郎は、古代ギリシアの神殿を思わせる独立した柱と、聖徳太子を記念した法隆寺夢殿のような八角形の屋根を組み合わせたのです。二つが違和感なく接合されているのは、曲線の軽快な使い方が上手なためでしょう。生き続ける伝統が、爽やかでモダンに表現されているようです。

◆鍵谷カナ頌功堂
住所:愛媛県松山市西垣生町1253

おわりに

建築は多くの金額を投じ、長く残ることを期待してつくられるもの。人の縁による信頼が、建設の背景にあることも少なくありません。なぜ、この建築家が設計しているのだろう? そう考えてみることも、地域の歴史や文化を深く知る一つの方法となります。

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#愛媛県 #建築旅 #倉方俊輔 #モデルコース #松山市

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建築史家 倉方俊輔

建築史家

倉方俊輔

1971年東京都生まれ。大阪公立大学教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっている。著書に『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)、『東京レトロ建築さんぽ』(エクスナレッジ)など。Peatix「Kurakata Online」や「NHK文化センター」で、建築の見かたをやさしく学ベるオンライン講座も開講中。

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