道の駅と協働して人と人をつなぐ旅へ進化を続けるホテル「フェアフィールド・バイ・マリオット・京都みなみやましろ」
愛読書は時刻表、旅色LIKESライターの鉄道旅担当・なおです。今回は京都府南部、南山城村の「フェアフィールド・バイ・マリオット・京都みなみやましろ」に宿泊し、ナビゲーターの方と村で暮らす人たちと触れ合う旅に出かけてきました。三重や奈良などの県境の山中にある村で、ほとんどの方が車で行くエリアですが、そこは鉄道担当。ローカル線に乗って行ってきました。各方面からのアクセス方法についてもご紹介しています。
目次
ローカル線でたどり着いた「お茶の京都」
関西本線の月ヶ瀬口駅にやってきました。ここは京都府の最南端に位置する南山城村。京都府唯一の村で、この駅からもう少し東に行けばそこはもう三重県です。わたしが乗ってきたのは「お茶の京都」のラッピングをされた1両編成のローカル列車。京都府は府内の各地域をまとめて「海の京都」「森の京都」などと名付けてPR活動をしていますが、京都府南部は宇治茶が全国的にも有名なお茶の産地なので「お茶の京都」として位置づけられています。
フェアフィールド・バイ・マリオット・京都みなみやましろについて
今回、わたしは仲間とともに南山城村にあるホテル「フェアフィールド・バイ・マリオット・京都みなみやましろ」を訪ねています。フェアフィールド・バイ・マリオット 道の駅ホテルは、近接する道の駅や地域に点在する施設を利用することをコンセプトにしているため、ホテル内には敢えてレストランや温泉施設などは置いていません。南山城村でも「道の駅 お茶の京都 みなみやましろ村」と隣り合わせになっています。また国内の著名な観光地ではなく、多くは南山城村のように観光資源の比較的少ない地域にあって、新たな旅の面白みを発掘しようと道の駅や地域と連携を取りながら活動を行っています。
公共交通機関でのアクセス
関係するJRの路線図。
大多数の方が車で来ていますが、JR月ヶ瀬口駅からのアクセスも可能です。新幹線の新大阪駅からはJRおおさか東線に乗って久宝寺駅で大和路線に乗り換えるか、時間が合えば直通で奈良駅まで行くことができます。大阪方面からは奈良駅から少し先の加茂駅で乗り換えが必要。加茂駅から月ヶ瀬口駅までは一両、または二両編成のディーゼルカー「キハ120」でローカル線の旅となります。新大阪駅から月ヶ瀬口駅まではおよそ2時間です。京都駅からですとJR奈良線木津駅で関西本線に乗換え。名古屋方面からだと関西本線で亀山駅まで行き乗り換えて月ヶ瀬口駅まで向かうことになります。名古屋・岐阜方面から在来線のみで来るのであれば草津駅から草津線経由で来ることも可能です。新幹線の主要駅から離れていて在来線の乗車が長くなりますが、それもまた非日常感を楽しめて旅の気分が盛り上がります。
鉄道でも行ける寄り道スポットはいくつもあります。月ヶ瀬口駅から名古屋寄りに向かい、伊賀上野駅から伊賀鉄道に乗り換えて行けるのが上野市駅。忍者で有名な伊賀市の中心駅であり、駅名も愛称である「忍者市駅」の方が大きくなっています。伊賀鉄道は忍者ラッピングや手裏剣型吊革などが人気の忍者列車もあります。また、伊賀流忍者博物館や白鳳城の愛称で知られる上野城など見どころが多いです。
伊賀上野駅からもう少し名古屋方向に行くと関宿の古い街並みがあります。関駅から徒歩約6分のところに広がる東海道の宿場町です。この町で夏祭りに引かれる山車は非常に豪華でそれ以上の贅沢はできない、ということから「関の山」という言葉が生まれました。祭りは7月下旬の土日で行われますので、この時期に行かれる方は関に寄ってもいいと思います。
ナビゲーターに誘われて村の暮らし体験へ
今回案内してくれたのは、株式会社南山城の代表取締役の森本健次さんと、フェアフィールド・バイ・マリオット 道の駅ホテル マーケティング部長の中本陽子さん。森本さんは南山城村役場に勤務したのち、道の駅立ち上げのために設立された同社の業務に専念するために退職、代表取締役に就任されました。フェアフィールド・バイ・マリオット・京都みなみやましろとも連携を取りつつ、道の駅の運営のほか、地域の農産物や工芸品などの販路拡大のために精力的に活動を行われています。中本さんは全国にあるフェアフィールド・バイ・マリオット 道の駅ホテルの企画運営に深く携わっていらっしゃいます。今回は森本さんのご紹介で村に住む方々をご紹介いただき、南山城村で暮らし、生業を立てている方々と触れ合いより深く村を知る旅に誘っていただきます。
村内の山道を抜け、やってきたのは村内にある仲西さんのお宅。こちらにおじゃまして、お昼をいただきつつ村の生活について聞かせてもらいました。野菜や山菜など食事の材料はすべてご自宅の畑でつくられたもの。鹿肉は梅であえて唐揚げにしたとのことで臭みもなくとてもおいしくいただきましたが、この鹿も畑に仕掛けたワナにかかっていたものをさばいたとのこと。野生動物と時には戦い、共生しながら時には命をありがたくいただくという、都市部に住むわたしたちからは想像もできない村での生活の話を聞くことができました。諸説ありますが「旅」の語源は「他火(たび)」と言われ、他人の火を分けてもらって温まったり、もてなしを受けたりことに由来するといいます。村に住む方のお宅に伺って調理してもらったものでおもてなしを受けたこの体験は、まさに旅の原点であり、人と人をつなぐ旅は誰もが心の底で欲しているのではないかと感じました。
これぞ「お茶の京都」! 一面に広がるお茶畑の絶景へ
次の目的地に移動する途中、茶畑に寄り道します。先にも書きましたが、京都府南部はお茶の生産が盛んな地域です。京都のお茶というと「宇治茶」が有名ですが、実は宇治市内のお茶の生産量は少なく、南山城村や和束町などの宇治市周辺の町村で栽培され、宇治地域に由来する製法により仕上げ加工した緑茶を「宇治茶」と呼んでいます。南山城村には290ヘクタールほどの茶畑があり、府内で2番目に多い約800トンのお茶を生産する茶所です。
廃校の校舎で生み出される「和紅茶」見学
次に案内されたのは、かつて小学校として使われていた木造校舎。懐かしい雰囲気の先にあったのは中窪製茶園の紅茶の製造所でした。道の駅やネット通販で販売を行っています。村にUターンされて和紅茶の生産をおこなう中窪良太朗さんから、紅茶の製造過程や品種による味や風味の違いなどの説明をしていただきました。品評会では味だけではなく、茶殻やカップに注いだ後のポットから出る匂いまでも審査対象となるそう。かなり奥の深い世界です。
みんなで茶葉を揉む! 揉む! 揉む!
テイスティングを楽しんだ後は茶葉を手揉みする体験をしました。茶葉の細胞を破壊して葉の中の酵素を含んだ成分を外部に絞り出していきます。力が弱すぎると発酵しないし、あまり強く潰してしまうと渋みが出てしまう。手加減が難しかったですがなかなかできない貴重な体験ができました。
原木栽培でシイタケを育てる山田さんのもとでシイタケ採取体験
翌朝、もうひとつの体験に出かけます。ほかのライターさんと別れ、やってきたのはシイタケ農場を営む「キノコの山田」の山田一貴さん。愛知県出身で大学で微生物の研究をしたのち、修業を経て南山城村で農場を営まれています。今、市場に出回るシイタケのほとんどがおが粉に栄養源を混ぜて成型した菌床で施設内で環境管理しながら栽培を行う「菌床栽培」で行われていますが、山田さんは伐採した木に菌種を植え付けて自然環境のなかで栽培する「原木栽培」にこだわり、山中でシイタケの栽培を行っています。原木栽培で育てたシイタケは風味がより豊かで森の香りがします。原木栽培は秋から冬にかけて原木の伐採を行ったあと菌を植え付け、春から夏にかけて原木に菌が定着、蔓延するように仮伏せ、本伏せを行います。その後秋に原木を数時間から48時間ほど水に沈めて窒息させることでキノコの生育がはじまります。原木の伐採、山の斜面に並べる、原木を水につける。どれも重労働で手間もかかります。菌床栽培と違って1年中栽培できるわけでもありません。それでも山田さんは原木栽培にこだわり、環境の整っている南山城村に移住して、よりおいしいシイタケを作り出すために休むことなくシイタケ栽培に向き合っています。収穫体験をしたあと、そのシイタケを炭火で焼いていただきました。取れたてのシイタケを食べたのはおそらく人生初。塩をふっただけなので素材の味がそのまま口の中に広がります。肉厚でみずみずしく、人生で一番おいしいシイタケだったと思いました。
おわりに
南山城村体験の旅1日目の夜は、ホテルのロビーラウンジでお酒を飲みながらその日を振り返ります。「フェアフィールド・バイ・マリオット・京都みなみやましろ」は、街に出ることを目的としているのでレストランがありません。南山城村は京都府ですが、三重、奈良、滋賀の3県の県境にあり、夕食は車に乗って三重県伊賀市に行きました。外で食べても良し、買ってきたものをロビーで談笑しながら食べても良し、フロント横にあるマーケットプレイス(売店)には地酒も並び私はどんどんと酔いどれに。夜もふけっていきました。
旅の終わりに「道の駅 お茶の京都 みなみやましろ村」で買い物をします。隣県との交流も多い地域なので南山城村だけではなく、伊賀市や奈良、そして森本さんと交流が深い高知県四万十地域の商品もそろえているのが特徴です。駅内には前日に訪ねたお茶畑で名前を刻んでいた辻本さんのお茶や中窪さんの和紅茶、山田さんのシイタケも並んでいます。実際に生産された場所を訪ね、生産した人を知るとその人のファンになって、思わず買ってしまいたくなる……人とつながる旅はそんな経済効果ももたらします。1泊2日滞在し、さまざまな人たちがその専門分野で活躍して村を支えていることを目の当たりにして南山城村のファンにもなりました。











