部屋の奥に、小さな茶室がありました。二人でそっと入ってみると、海とは反対側を向いた、静かな空間でした。お茶を点てるわけでもなく、ただ二人でそこに座って、しばらくぼーっとしていました。何もしない時間が、こんなに心地よいと思ったのは久しぶりでした。いつも誰かのために動いている母が、何もせずにただそこにいる。それだけで、この旅に来た意味があった気がしました。
体験レポート

2026/04/08
母娘で行く唐津の老舗宿「水野旅館」海と美食を楽しむ贅沢旅
「海が見える旅館で、ゆっくり過ごしたいな」母のそのひと言から、今回の旅は始まりました。これまでの旅行は、父や妹家族も一緒のにぎやかな大人数の旅行がほとんど。でも今回は、母と娘、二人きりで出かけてみようという話になりました。お互いに佐賀は初めての地。「どうせなら行ったことのない場所へ行こう」という思いと、海を眺めながらゆっくり過ごしたいという母の希望が重なり、旅先は唐津に決まりました。そうして辿り着いたのが、唐津城のそばに立つ純和風旅館「水野旅館」です。
この記事の目次
- 虹の松原を抜けて、いざお宿へ
- 400年前の武家屋敷門が出迎えてくれる
- 皇族も総理大臣も選んだ、格式ある宿
- 窓いっぱいに広がる唐津湾。海が見える和室、初めての体験
- 唐津城を眺めながら、器と料理に感動した夕食
- 松の香りに包まれた、静かなお風呂時間
- ジャンルレスなライブラリーに思わず長居
- 朝の海を眺めながら、丁寧な和の朝食
- また来たいと思わせてくれた、家族の温もりが宿る場所
- 旅の最後に、イカの箸置きを追って唐津焼の工房へ
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虹の松原を抜けて、いざお宿へ
今回は福岡空港でレンタカーを借りて、唐津へ向かいました。市内を抜け、高速道路を走りながら、母とゆっくり会話を楽しむ時間も、この旅の大切なひとときでした。
福岡空港から車でおよそ1時間半。海の気配を感じはじめた頃、唐津の松林(虹の松原)が見えてきます。
林を抜けるたびに、日常が少しずつ遠ざかっていくような、そんな感覚がありました。車窓が海辺の景色へと変わっていくと、その先に現れたのが、唐津城のそばに静かに佇む純和風旅館「水野旅館」でした。
400年前の武家屋敷門が出迎えてくれる
最初に目に入ったのは、門でした
約400年前、名護屋城から移し築いたという武家屋敷門。重厚な佇まいの中にどこか趣があり、不思議と威圧感はありません。「すごく立派だこと…」と母が小さくつぶやき、二人でしばらく屋根を見上げながら、ゆっくりと門をくぐりました。屋根瓦をよく見ると、それぞれに表情があり、長い歴史を重ねてきた門であることが伝わってきます。こうした背景を知ることで、古い建物の趣がより深く感じられる気がしました。
皇族も総理大臣も選んだ、格式ある宿
門の内側に入ると、昭和13年に紙問屋の別荘として建てられた、伝統的な和風建築が静かに立っていました。派手さはないけれど凛とした品がある。
田中角栄や秋篠宮殿下なども訪れたことがあるというのも、なるほどと思わせる佇まいでした。
窓いっぱいに広がる唐津湾。海が見える和室、初めての体験
今回、泊ったお部屋は「松の間」
茶室が設えられた部屋で、水野旅館の中でも人気のある客室です。ふすまを開けて、ふと窓に目をやった瞬間、二人して声が出ました。
そこには、窓いっぱいに唐津湾が広がっていました。「わあ!全部海!」「綺麗な景色ねー」——気づいたら二人でテラスに出ていました。オーシャンビューのホテルには泊まったことがありますが、窓いっぱいに広がる海を畳の上で見ることができる旅館は、初めてでした。同じ「海が見える部屋」でも、和室で眺める海は、どこか違う顔をしているような気がしました。海とこんなに近い場所に、こんなに静かな和室があるということを、この部屋に来るまで知りませんでした。白い砂浜がゆるやかに伸び、そのまま海へと溶け込んでいきます。北には玄界灘、東にはうっすらと唐津城。「海が見える旅館がいいな」という母のひと言から始まった旅が、この景色に辿り着いたのだと思うと、連れてきてよかったと心から思いました。

さりげない気遣いが嬉しい、お部屋着とアメニティ
お部屋着は、落ち着いたネイビーの作務衣と、ストライプ柄の浴衣の2種類。浴衣にはオリーブグリーンの羽織とえんじ色の帯が合わせられており、着るだけで旅館の雰囲気にすっと馴染む。夕食は浴衣でいただき、就寝は作務衣で。浴衣で寝るとはだけてしまうので、寝るときに作務衣に着替えられるのが地味に嬉しかったです。
洗面台に置かれたアメニティは、バイオマス素材を使ったエコフレンドリーなもの。歯ブラシやコーム、ヘアブラシなど、細部にまで気遣いが行き届いていました。
唐津城を眺めながら、器と料理に感動した夕食
夕食は、別室の個室でいただきました。
案内された席に座り、ふと窓の外に目を向けると、唐津城が見えました。お城を眺めながら食事ができるなんて、思ってもいなかったこと。母も「こんな立派なお部屋で食事できるなんて、すごいね」と言いながら、しばらく窓の外を眺めていました。静かな空間の中で、特別な時間が始まるような気がしました。
器まで含めて、一つのもてなし
席に着いて最初に感動したのは、料理とともに並ぶ器でした。運ばれてくる一品ごとに、器が少しずつ変わっていきます。唐津焼の落ち着いた風合いの器もあれば、有田焼のやわらかな色合いの器もあり、料理ごとに表情が違うのが印象的でした。ただ器が並んでいるのではなく、その料理がいちばん美しく見えるように選ばれているのが伝わってきました。
「この器、素敵だね」「こっちは色がかわいいね」
そんな会話をしながら、料理を待つ時間さえも楽しくなっていきました。
一品ごとに器を変える細やかなこだわりがあるからこそ、料理がより引き立ち、目でも楽しめる。水野旅館の食事は、味だけでなく、器まで含めて一つのもてなしなのだと感じました。
生まれて初めて、イカを美味しいと思った
お刺身をひと口食べて、思わず「おいしいね」と母と顔を見合わせました。食事中に仲居さんから、目の前の海で獲れた魚を生け簀に入れ、旅館の会長自ら捌いて提供してくださっていると教えていただきました。チェックイン時の館内案内で実際に生け簀を見ていたので、その言葉を聞いて、お刺身の味がより腑に落ちました。
中でも驚いたのが、イカでした。実は私はイカが苦手で、あのぶよぶよした食感と独特の匂いがどうしても受け付けられず…。でも、ここのイカは全然違いました。癖がなく、やわらかくて、するりと食べられました。新鮮だと、こんなにも違うのか!!苦手なものが苦手でなくなる瞬間って、こういうことなんだと思いました。
さらに嬉しかったのが、生のイカをいただいた後、足と頭の部分を天ぷら、焼き、酢味噌の中から好きな調理法で提供してくれたところです。一匹のイカを、二度楽しめます。母と「どれにする?」と相談しながら選ぶ時間も楽しくて、最後の一口までイカに驚かされた夕食でした。
松の香りに包まれた、静かなお風呂時間

お風呂は、松の木をあしらった内風呂でした。温泉ではありませんが、こぢんまりとした清潔な空間で、一日の疲れをゆっくりほぐすには十分でした。食事や景色を楽しんだあとに入るお風呂は、静かに気持ちを整えてくれるような心地よさがありました。
ジャンルレスなライブラリーに思わず長居
館内には、自由に使えるライブラリーがありました。古い書物から新しいアニメまで、ジャンルを問わずずらりと並んでいて、思わず時間を忘れて眺めてしまいました。格式ある老舗旅館なのに、どこか肩の力が抜ける。そのギャップが、水野旅館の居心地のよさを表している気がしました。
朝の海を眺めながら、丁寧な和の朝食
翌朝の朝食も、食事処でいただきました。
席に着くと、昨夜とは違う表情の唐津湾が窓の外に広がっていました。朝の光を受けた海は、夜よりずっと穏やかで、眺めているだけで気持ちが静かに整っていく感じがしました。運ばれてきたのは、丁寧な和の朝食。焼き魚は身がふっくらとして、箸を入れた瞬間からいい香りがしました。「朝からこんなに美味しい魚が食べられるなんて」と母と話しながら、ゆっくりと味わいました。母と「もう少し食べられるけど、これくらいがちょうどいいね」と話しながら食べ終えました。食べすぎない、でも十分。そんな朝食でした。
また来たいと思わせてくれた、家族の温もりが宿る場所
水野旅館は、全8室の小さな宿です。社長は息子さん、女将はそのお母さん、そして会長がお父さんという、家族で営む旅館でした。 チェックアウトの前に、館内のお土産コーナーで唐津焼をあれこれ眺めていると、たまたま通りかかった社長さんが器のことを丁寧に説明してくださいました。お話を聞いているうちに、唐津焼の魅力をより深く知ることができ、もともと好きだった器が、さらに好きになりました。
「海が見える旅館で、ゆっくり過ごしたいな」という母のひと言から始まったこの旅。気づけば、景色だけでなく、食事も、器も、そしてこの宿で出会った人たちも、全部が旅の思い出になっていました。母娘二人きりの旅だったからこそ、余計にそれぞれの瞬間が鮮やかに残っている気がします。 またいつか、二人で訪れたい宿です。
旅の最後に、イカの箸置きを追って唐津焼の工房へ

実は帰り際にも、ひとつ小さな冒険がありました。夕食のテーブルに置かれていたイカの形をした唐津焼の箸置きが、どうにも気に入ってしまって。食事中に仲居さんに作家さんを教えてもらい、母と二人で工房まで買いに行くことにしました。
旅館を後にして向かった工房では、棚に並ぶ器をあれこれ手に取りながら、結局イカだけでは終わらず、ナスの器まで購入してしまいました。お土産に唐津焼を買って帰れるなんて、旅の最初には思ってもいなかったことです。でも、こういう予定外の寄り道が、一番記憶に残ったりするのかもしれません。
イカに始まり、イカの箸置きで締まった唐津の旅。我ながら、なかなかいい旅でした。
水野旅館
- 住所
- 佐賀県唐津市東城内4-50
- アクセス
- 電車をご利用の方: JR唐津線 唐津駅よりタクシーで約5分 車をご利用の方: 福岡空港より約60分
- 駐車場
- 20台屋外
- 送迎情報
- 送迎サービスなし
- 公式HP
- https://www.mizunoryokan.com/
- TEL
- 0955-72-6201
- FAX
- 0955-72-6203
参考になりましたか? 旅行・おでかけの際に活用してみてください。
記事企画・監修:旅色編集部 ふるおや
ライター:ふるおや
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