
2026/02/19
近年、世界が注目する日本の食文化。しかしその裏側では、担い手不足という深刻な課題に直面しています。そんな中、伝統の街・京都で、わざを次世代へつなぐためのイベント「日本の食文化とわざの継承EXPO(文化庁主催)」が開催されました。
2026年2月1日(日)に学校法人 大和学園 京都調理師専門学校に集結したのは、和食や日本酒、京菓子など各界を代表する「匠(たくみ)」たち。
本記事では、京都府知事や文化庁長官も登壇した熱気あふれる会場の様子をレポートします。五感で学んだ盛り付けの秘訣や、日本酒造りの裏側など、ここでしか触れられない「伝統継承の本質」をお届けします。
この記事の目次
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イベントの幕開けを飾ったのは、文化庁長官、京都府知事、京都市長らによる力強いご挨拶。そこで共通して語られたのは、「京都から日本の食文化、和の食文化を発信する」「日本の伝統は、ただ守るものではなく、次世代へ繋ぎ進化させるもの」という、和食の継承への強い熱意を感じさせるメッセージでした。
また、2025年に人間国宝(重要無形文化財保持者)の制度が大きな転換期を迎え 、その認定対象に京料理や酒造りなどの「生活文化」が新たに追加されたことにも触れ、日本の食文化の裾野がさらに広がることが期待されると言及されました。今後は新たな分野から「食の人間国宝」が誕生していくのかもしれません。

©日本の食文化とわざの継承EXPO
セレモニーで特に印象的だったのが、書道作品の受け渡し。書家・舟引遥香(ふなびきはるか)さんの作品「継心技(けいしんぎ)」を学生が受け取り、その典雅な書風に会場全体の空気が一気に引き締まりました。ちなみに「継心技」とは文字通り「心(こころ・精神)」と「技(わざ・技術)」を「継(つぐ・次世代に伝える)」という意味を持つ言葉。日本古来の精神性を表現しており、まさにこの場にふさわしい言葉となりました。
続いて行われたトークセッションでは、日本の食を支える5つの分野の第一人者が集結しました。
・和食
・京料理
・伝統的酒造り
・京菓子(練り切り・こなし)
・手もみ製茶
各分野のプロフェッショナルたちから、それぞれの現場で培われた経験と「わざの継承」における哲学が語られ、食の枠を超えて、あらゆる仕事に通じる深い教訓に満ちていました。

©日本の食文化とわざの継承EXPO
京料理のセッションでは、「技術だけでは一流にはなれない」という言葉が印象に残りました。
「ただ厨房で味や調理技術を磨くのではなく、お客様を迎える空間そのもの、すなわち「おもてなし」の精神は、実際に表(接客の場)に出なければ学べない」と、「たん熊北店」 栗栖正博(くりすまさひろ)さん。千年の歴史を持つ京都が生み出し、磨き上げてきた「おもてなし文化」の深みを感じました。

©日本の食文化とわざの継承EXPO (たん熊 三代目主人 栗栖正博氏)
京都府茶業会議所の吉田(※吉は土の下に口)利一(よしだりいち)さんのお話も、非常に印象的でした。「宇治茶」といえば知らない人がいない高級ブランドですが、実は全国の茶葉シェアのわずか3%ほどなのだそう。それでも圧倒的なブランド力を持っているのは驚きです。
作り手の“わざ”を聞かれると、「100%の力を持つ生芽を作らなければ、その後の工程をいくら頑張っても美味しいお茶はできない」という徹底した品質に対する思いを語られていた吉田さん。ブランディングを確立し、安心・安全で良質なものを作ることに全力を注ぐ。その職人としての真心が、世界を魅了するお茶を生んでいるのだと感じました。
今回、私が特に注目していたのが、「こうじ菌」を用いて行う500年以上の歴史を持つ技術と知識が評価され、2024年にユネスコ無形文化遺産に登録された「伝統的酒造り」 です。
さらに国が認めたブランド価値の証である「地理的表示(GI:その地域ならではの特性を持つ産品の名称)」 の指定も近年活性化しており、今まさに日本酒の品質向上及びブランディングは、世界的な転換期を迎えています。そしてその持続的発展には、技術継承と人材育成が不可欠なのです。

©日本の食文化とわざの継承EXPO(伏見酒造組合 理事長 北川幸宏氏)
驚くべきことに、日本酒造りの核心である「麹(こうじ)づくり」の技術は、500年前からほとんど変わっていないそうです。日本酒は「酵母」と「麹」という微生物が主役。人間にできることは、微生物が心地よく活動できる「空間を整えること」だけ。その空間づくりのために、チームワークによる徹底した環境管理が行われています。
逆に変化したことは、担い手の働き方。ここ30年ほどの技術の進歩により真夏でも安定して低温管理が可能になり、一年を通して日本酒が造られるようになりました。かつて酒造りは「寒造り(冬の集中仕込み)」として冬場に限定されていたため季節雇用というスタイルでしたが、今では安定した通年雇用化への転換が進んでいます。

©日本の食文化とわざの継承EXPO
伏見の強みは、良質な水だけではありません。「伏見醸友会」では、酒造りのデータを共有し、地域の水を守る活動を共に行うなど、エリア全体でクオリティの底上げを図っています。共に磨き、共に守る。この「個ではなく地域で高め合う姿」に、私は美食の街スペイン・サンセバスチャンのレシピ共有に近い、自由で熱い精神を感じました。そんなオープンな共創の中にこそ、次世代へ伝統をつなぐ確かなヒントがあるのかもしれません。

©日本の食文化とわざの継承EXPO(伏見醸友会 月桂冠株式会社 松本 明氏)
伏見の銘酒を楽しめるイベントも!
今回のイベントでは、実際にプロの“わざ”を体験するコンテンツが用意されていました。
日本三大酒処のひとつとして名高い「伏見」のお酒について、ご説明いただいたのは松本酒造株式会社の松本総一郎さん。伏見のお酒の根幹となる「水」のお話を伺いました。かつて伏見は「伏水」と書かれたほど、良質で豊富な地下水に恵まれた地。酒造りの匠たちは、このかけがえのない水を守りながら、何世代にもわたって酒造りを続けてきました。会場では、冷酒、ぬる燗、熱燗といった「温度による味わいの変化」を学び、日本酒の奥深さを再認識する時間となりました。

ペアリングセット
いよいよ実践的なペアリング体験がスタート。運ばれてきたのは、伏見酒造組合が誇る3つの銘柄と、100年の歴史を刻む「島原 乙文(おとぶん)」の八寸です。
「ペアリングは、手前のあっさりした味から奥の濃い味へ、お酒を合わせながら楽しんでください」というアドバイスのもと、味のグラデーションを堪能。松本酒造「NEW KYOTO.JP 白緑」の華やかなガス感、山本本家「神聖」のキレ、北川本家「富翁」の力強い生原酒。それぞれ異なる表情を持つお酒が、匠の手がける京料理と響き合い、お互いの良さが何倍にも膨らんでいく至福のひと時でした。
島原 乙文の八寸
私が参加した「京料理の盛り付け体験」では、美しいお弁当作りに挑戦しました。彩り豊かな食材を詰めていく中で、職人さんが最後に伝えてくれた極意は、意外にも視覚ではなく「香り」でした。
京懐石「美濃吉」の佐竹洋治(さたけようじ)さんは、自身の海外渡航での機内食のお話しをされ、美味しさと香りについて触れました。
機内で食べた食事がなぜ美味しくないのかを考えた時に、香りがないことに気がついたそうです。お弁当のふたを開けた瞬間に広がる香り、これこそが食事の美味しさを引き出すのだと語られていました。
また、香りは季節をも感じさせます。例えば、今回の体験では、「ふきのとう」のほろ苦さやさわやかな香りは春の訪れを感じさせ、「柚子」のみずみずしい 香りは食欲を引き出すためのエッセンスになる、と教えてくださいました。
「美味しいという感覚を、ダイレクトに五感に届ける最後のおもてなしが“香り”である」という学びは、私にとっても大きな衝撃でした。これから自分の作るお弁当にも、少し香りを添えたいと思います。
京料理の盛り付け体験③
また、「京菓子のわざ体験」では、職人の指先の動きひとつで、命を吹き込まれたかのように季節の花が形づくられていく様子を目の当たりにしました。
参加者の皆さんは、とても難しそうな包餡の段階から果敢に取り組まれており、その後の均一な花弁を作る行程では、空気が張り詰めるほど真剣に、そして丁寧に手を動かしていました。
体験を横から見学させていただきながら、「こんな繊細なお菓子を一日にいくつ作るのかな。気が遠くなりそうだな……」と思っていたのですが、お手本の職人さんはあっという間に16枚の花弁の菊を仕上げていきます。これこそ職人のなせるわざ。京菓子をいただく時は、この工程を思い出しながら、じっくりと味わっていただくことができそうです。
匠のつくった京菓子
「日本の食文化とわざの継承EXPO」を通じて感じたのは、歴史ある京都という街が持つ「伝える力」の凄みです。京都では、こうした高度なわざを人に伝える試みが、古くから日常的に行われてきたそう。
例えば「弟子を取る」ということもそのひとつです。京都という地は、まさに今回のイベントのテーマである「日本の食文化のわざと継承」を、未来へと繋ぐ土壌が整っているといえます。
ただ美味しいものを食べるだけでなく、その裏側にある歴史や背景、おもてなしの心、そして職人のわざと思いに触れる。こうした「体験」を通して伝統的な京料理や和食のファンが増えることこそが、次世代の担い手を育む一番の近道なのだと感じました。
文化は、誰かが享受して初めて生き続けます。
次に京都を訪れる際は、ぜひ一歩踏み込んで、伝統文化の「体験」に身を投じてみてはいかがでしょうか。きっと今までとは違う、五感を揺さぶる京都の深い魅力に出会えるはずです。
参考になりましたか? 旅行・おでかけの際に活用してみてください。
記事企画・監修:旅色編集部 こうの
ライター:こうの