- 日帰り
群馬県の歴史を巡る城旅へ 富岡製糸場&甘楽のグルメも堪能
富岡(群馬県)
予算:3,000円〜
・旅行する時期やタイミングにより変動いたします。あくまでも目安ですので、旅行前にご自身でご確認ください。
・料金は1名あたりの参考価格になります。
更新日:2025/10/17
近代化遺産で初の世界遺産リスト登録物件「富岡製糸場」。群馬県最初の名勝指定庭園にして、県内唯一の大名庭園「楽山園」。そんな、県を代表する世界遺産と、関東に残る織田家ゆかりの地を堪能する歴史旅をお楽しみください。
富岡製糸場

富岡製糸場

繰糸所内部(画像提供 富岡市)

旧韮塚製糸場 外観(画像提供 富岡市)

女工館(画像提供 富岡市)

冬の繰糸所 外観(画像提供 富岡市)
明治5(1872)年に明治政府が設立した官営の器械製糸場。開業当時の繰糸所、繭倉庫などが現存しており、初期の建造物群が国宝および重要文化財に、敷地を含む全体が国の史跡に指定されている。

佐藤颯竜のおすすめポイント
- ★ 明治5(1872)年に、フランスの技術を導入して設立された官営模範工場である「富岡製糸場」。日本の近代化遺産で初の世界遺産リスト登録物件で、平成26(2014)年に「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産として、第38回世界遺産委員会(ドーハ)で正式登録されました
- ★ 富岡製糸場は長い歴史を刻む中で、官営から三井家・原合名会社・片倉製糸紡績会社(現片倉工業)と経営母体が変わっていきます。ですが、時代と母体が移りゆくなかでも一貫して、昭和62(1987)年に操業を停止するまで製糸工場として機能し続けました
- ★ 東置繭所、西置繭所、繰糸所の国宝3棟に要注目。この3つ、真上から俯瞰して見ると「コ」の字をなす様に配置されているんです(俯瞰から望むことはできません)。中でも、製糸場の中心をなす巨大建造物である「繰糸所」が圧巻。日産製の自動繰糸器が設置されている内部は、昭和62(1987)年3月の操業停止時の状態で保存されているので、時間が止まっているかのような空間となっています
古民家かふぇ信州屋
古民家かふぇ信州屋
ケーキとジェラート(現地にて撮影)
外観(現地にて撮影)
内観(現地にて撮影)

雄川分流 店舗前辺り(現地にて撮影)
明治に建てられた商家「信州屋」の建物をリノベーションした施設で、1階は喫茶・まち案内、2階は「かんら書斎」の運営。喫茶スペースでは、コーヒーなどのドリンクとともに、スイーツや季節メニューを楽しめる。

佐藤颯竜のおすすめポイント
- ★ 明治38(1905)年に建てられた「信州屋」。呉服屋や質屋として商いを行っていた商屋で、昭和初期には現在のコンビニのような多くの商品が取り揃えられた商店でした。地域のよろず屋として愛されたお店は、現在では「自然塾寺子屋」が運営しているコミュニティ・ベースとなっています
- ★ 喫茶スペースには、座敷席やテーブル席がありますが、ぜひカウンター席にお座りください。目の前には桜の木と雄川の分流が流れています。淹れたてのコーヒーとともにスイーツを味わいながら、当時の雰囲気を残す店内と、外に広がる小幡の町並みをお楽しみください
- ★ 建物の隣には「甘楽町歴史民俗資料館」の別館があります。この辺りはかつて、小幡陣屋の大手門があった場所なんです。目の前を流れる雄川の分流は大手門の真横を流れており、往時は堀であり水路でした。ちなみに資料館の本館は、目の前の交差点を挟んだ対角にありますよ

佐藤颯竜のおすすめポイント
- ★ 道の両脇に築かれている石垣をはじめ、往時の面影を良好に残し、城下町の中小路がどのような姿だったのかを知ることができるスポット。最後の小幡陣屋(楽山園)へは、大手道であるこの道を通って向かいましょう
- ★ 高橋家や山田家など、武家屋敷は今も住まわれている方がいる私有地です。無断で敷地内に立ち入ることのないよう、ご注意ください
小幡陣屋(上野小幡城)
小幡陣屋(上野小幡城)
中門(現地にて撮影)
拾九間長屋(現地にて撮影)
藩邸/御殿跡(現地にて撮影)
外曲輪(現地にて撮影)
織田信長の次男「織田信雄」を祖とする、小幡藩「小幡織田家」の居城。明和4(1767)年に藩主が奥平松平家へと変わり、江戸時代後期の「松平忠恵」が藩主の時代に「小幡城」と呼ばれるようになる。現在では大名庭園と一体で「楽山園」となっている。

佐藤颯竜のおすすめポイント
- ★ 信雄の四男「織田信良」を初代とする小幡藩。いくつかの系譜が存在する織田家の中で、江戸時代を通して大名家として存続したのがこの小幡織田家です。信良が織田信長の孫にあたることから、2万石でありながら国主格を与えられていたという破格の待遇でした。関東の地に残る織田家の遺構にふれあい、その威光を感じてみてください
- ★ 縄張り(城郭の設計・構造全体)は大別して外曲輪と内曲輪から成っています。それぞれは内曲輪の土塁と空堀で区分されており、外曲輪には中門と北門が、内曲輪にも2つの門の内側に城門が設けられていました。主郭である内曲輪には、藩庁と藩主居館が設けられ、現在ではかつての間取りがわかるように整備されています
- ★ 整備復元された内曲輪の土塁と空堀、そしていくつかの建築物も復元されている小幡陣屋。なかでも現在唯一の入り口である中門と、城内で1番大きな建物である拾九間長屋に目がいくことでしょう。長屋は内部が資料館にもなっているので、忘れずに内部にも立ち寄ってみてください!
楽山園
楽山園
昆明池(現地にて撮影)
梅の茶屋 内部(現地にて撮影)
泉水(現地にて撮影)
昆明池越しの庭園南東側(現地にて撮影)
織田信雄によって築庭、命名されたと伝わる、県内唯一の大名庭園。名称の由来は「論語」の「智者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」の一文から採っている。平成12(2000)年に国の名勝に指定され、2012年に正式開園した。

佐藤颯竜のおすすめポイント
- ★ 小幡織田家によって造られた、小幡藩邸の庭園。現在では陣屋(上野小幡城)の内曲輪と外曲輪全体を含めて「楽山園」となっていますが、信雄によって命名されたと伝わる往時の「楽山園」とは、この庭園部分のことなんです
- ★ 「戦国武将庭園」から「大名庭園」へと移行する、江戸時代初期の池泉回遊式庭園。池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)とは、中央に設けた大きな池の周りを歩いて散策しながら景色を楽しめる日本庭園の様式です。同式の代表的な庭園に、京都の「桂離宮」などがありあます
- ★ 楽山園は、1番大きな「昆明池」の周りに48個の「いろは石」を配し、紅葉山などの山並を借景として取り込んでいます。借景とは、遠くの景色を庭園の一部のように利用する技法のこと。空間構成が美しく、「借景庭園」としても評価の高い庭園なんです
- ★ 「梅の茶屋」や、稀有な五角形の形状をした「腰掛茶屋」など、複数の茶屋を設けていた楽山園。「情景と茶事を楽しむ」という、織田家の文化と歴史を窺い知ることができます。そんな庭園では現在でも茶事を楽しむことができるので、ぜひ凌雲亭(りょううんてい)に立ち寄って、抹茶とお菓子をいただきながら時間の許す限りお寛ぎください
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