- 1泊2日
- 2日目
奈良県「飛鳥・藤原の宮都」構成資産と天理を巡る旅へ
天理、桜井、橿原(奈良県)
予算:35,000円〜
・旅行する時期やタイミングにより変動いたします。あくまでも目安ですので、旅行前にご自身でご確認ください。
・料金は1名あたりの参考価格で、宿泊施設は1泊2食付き週末料金を参考にしています。
更新日:2025/11/26
今回は、世界遺産委員会で登録可否が決定する(2026年開催予定)「飛鳥・藤原の宮都」の19構成資産から数件と資料館などを回ります。また、天理市にある日本有数の大規模且つ重要な図書館にも行きましょう!(2025年11月現在)

あけひとみのおすすめポイント
- ★ バスは基本1時間に1本しかなく、車道ではなく農道を通ることが多いです(脱輪必至)。レンタサイクルは非常に利便性が高くおすすめ!
- ★ 急な勾配があるため、出来るだけ電動自転車(1日1台1,700円)か原付バイクを利用するのがいいかも
- ★ 電車で移動したいときなど、乗り捨て(+200円)が出来るのも嬉しいですね
橿原神宮

橿原神宮

本殿(現地にて撮影)
日本最古の正史ともされる「日本書紀」において、日本建国の地と記された橿原。天照大神(あまてらすおおみかみ)の子孫である神日本磐余彦火火出見天皇(かむやまといわれひこほほでみのすめらみこと ※後の神武天皇)が、豊かで平和な国づくりをめざし、想像を絶する苦難を乗り越え、畝傍山(うねびやま)東南の麓に橿原宮を創建。

あけひとみのおすすめポイント
- ★ 神武天皇が第一代天皇として即位されたのが紀元元年、今からおよそ2,680余年前のこと。日本の歴史と文化の発祥の地でもある橿原は、日本の原点ともいえるでしょう
- ★ 神武天皇は、互いに争うことのない、永遠に困窮しない国を実現するため、九州の日向国(ひむかのくに) 高千穂から、国の中心地を目指し東へ向かいます
- ★ 東遷(とうせん)の道中、豪族との争いや、相次ぐ兄弟達の不幸等、想像を絶する困難に遭いながらも、国内を平定され、ついに畝傍山(うねびやま)の東南 橿原宮(かしはらのみや)で第一代天皇として即位されました

あけひとみのおすすめポイント
- ★ 毎年、4月第2日曜日に「第十三期海軍甲種飛行予科練習生慰霊祭」、10月25日に「軍艦瑞鶴戦没者並びに物故者慰霊祭」が執り行われています
- ★ 若桜友苑の名のとおり、春にはたくさんの桜が花を咲かせますよ
- ★ 私の祖父も、生き残った第十三期海軍甲種飛行予科練習生であり、若桜友苑建立の有志のひとりだったのです
本薬師寺跡(もとやくしじあと)

本薬師寺跡(もとやくしじあと)

俯瞰(現地にて撮影)

御本尊(現地にて撮影)
西暦680(天武9)年、天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気が治ることを祈願して発願した寺で、西暦698年にほぼ完成、藤原京の四大寺のひとつに数えられている。伽藍配置は、金堂の前面に東西2つの塔を配置した薬師寺式と呼ばれる伽藍配置で、現在、西ノ京にある薬師寺と同じ伽藍配置となっている。

あけひとみのおすすめポイント
- ★ 本薬師寺跡は、藤原京の西南の条坊内に計画的に配置された国家寺院跡です
- ★ 近鉄畝傍御陵前駅から、東へ約500mの城殿きどの町の集落内にあります
- ★ 金堂、東塔、西塔の基壇跡、医王院と呼ばれる寺院建物がある金堂跡には、礎石が当時の位置のまま残されているので要チェック!

あけひとみのおすすめポイント
- ★ 現在、朱雀大路は藤原宮の南から日高山までの範囲が復元され、当時の道幅を知ることができます!
- ★ 我が国最初の都城藤原京の最重要地区。儀礼を行うだけでなく、藤原京の呼び方の基準となった場所です
- ★ 藤原京南の日高山という小高い丘陵を削って、道を造ったことがわかっているそうですよ
藤原宮跡

藤原宮跡

広大な敷地に残る礎石跡には柱が復元されている(現地にて撮影)
約1300年前、持統・文武・元明の三代の天皇が治めた都、藤原京(西暦694~710)にあった宮。藤原宮は藤原京のほぼ中心に位置し、北を二条大路、南を六条大路、東と西を、それぞれ東二坊、西二坊大路によって囲まれ、その規模は、約84ヘクタールにもおよぶ。約1㎞四方の宮殿は、天皇の居住区のほか、政務や儀式の空間、役所などが集約されており、天皇を中心とした中央集権体制を体現していた。

あけひとみのおすすめポイント
- ★ 宮殿の周囲には約5㎞四方の都城である藤原京が広がり、官人らが居住していたそうです
- ★ 京内には、仏教による鎮護国家を象徴する2つの官寺(大官大寺・本薬師寺)を藤原宮の南におき、天皇陵や墳墓を京外の南方で宮殿の真南を意識して配置するなど、都市計画においても飛鳥宮からの大幅な発展を示しています
- ★ この宮殿や都城の構造は、後の平城京や平安京の原型ともなったのだそう
- ★ 藤原京は710年に平城京へ遷都し、主要な建物も解体されて遷され、平城宮大極殿も藤原宮から移築したものといわれています
奈良文化財研究所 藤原宮跡資料室

奈良文化財研究所 藤原宮跡資料室

外観(現地にて撮影)

瓦飾り(現地にて撮影)

当時の様子(現地にて撮影)

衣装再現(現地にて撮影)
飛鳥・藤原地城に残る遺跡(宮・京・寺院・古墳墓など)の出土した遺物(土器・木器・金属器・瓦類・木簡など)の調査や保存整理にたずさわる研究機関奈良文化財研究所 都城発掘調査部(飛鳥・藤原地区)の資料を展示。これまで当調査部が取り組んできた調査・研究の成果、とりわけ「藤原宮と京」に関する成果を一般に公開するため、構内の一部に「資料室」を設けている。

あけひとみのおすすめポイント
- ★ 藤原京が造られていく様子から、完成し、生活や祭祀の様子までの一連を見ることができます
- ★ 地下に埋もれた藤原京が、再び掘り出されていく過程や発掘の様子、出土遺物からの考察なども展示されており興味深いですよ
- ★ 発掘調査と出土遺物の整理作業をマルチビジョンで紹介する「発掘は今日も続く」や、藤原京時代の下級役人の一日をコンピュータグラフィックで紹介した「藤原京再現」などのコーナーもあるのでおすすめ!

あけひとみのおすすめポイント
- ★ 「飛鳥・藤原」最大の寺院であり、特に九重塔は東アジア各国(唐・百済・新羅・高句麗)に共通する国家のシンボルです
- ★ 今は香具山南麓の水田の中に九重塔、金堂の基壇跡が僅かに残り往時の伽藍がらんの存在を示しています
- ★ 1974年より始まった発掘調査により、講堂や回廊、中門などの遺構と伽藍の規模が明らかになりました
奈良文化財研究所飛鳥資料館

奈良文化財研究所飛鳥資料館

飛鳥宮跡再現(現地にて撮影)

水落遺跡の漏刻の再現(現地にて撮影)

骨壺(現地にて撮影)

須弥山石(現地にて撮影)

山田寺跡から出土した日本最古の木造建築物(現地にて撮影)
飛鳥資料館は奈良文化財研究所の調査研究成果を展示するとともに、飛鳥を訪れた人びとが古代史について概観することができる、総合的な歴史系の博物館施設。

あけひとみのおすすめポイント
- ★ 592年に推古天皇が豊浦宮に即位してから、694年に持統天皇が藤原京へ遷都するまでの約100年間、飛鳥には天皇の宮殿が継続的に営まれ、政治と文化の中心として栄えた歴史を伝えています
- ★ 壮麗な宮殿、石組みの苑池や噴水施設、ときを告げる水時計(漏刻)、猿石や亀石などの石造物が造られるとともに、この時代に本格的に広まった仏教寺院の瓦屋根が新しい景観を造り出したことでしょう
- ★ 飛鳥時代は石舞台古墳などの古墳が造られていた時代。キトラ古墳・高松塚古墳には大陸風の極彩色壁画が描かれるなど、東アジアの国際関係のなかで人や文物の盛んな交流があったことを感じ取れます
山田寺跡

山田寺跡

俯瞰(現地にて撮影)
明日香村の入り口に当たるところに建立された寺院。中門、塔、金堂が南北に一直線に並んでおり、飛鳥時代の中でも古い様式。山田寺の発願者は蘇我倉山田石川麻呂。中大兄皇子から謀反の疑いをかけられ自害したため、建設が進まず、40年以上も経った後に建立。山田寺は蘇我倉氏の氏寺でありながら官営寺院と同等の寺格を誇っていたが、遷都せずに残り、後に廃れたと考えられている。

あけひとみのおすすめポイント
- ★ 「東側の回廊」が運良くきれいな状態で出土したため、保存処理されたものを近くの飛鳥資料館で見ることができます
- ★ 「東側の回廊」は、現存最古の木造建築である法隆寺よりも古い建築様式を伝える貴重なものなので必見!
- ★ 蘇我倉山田石川麻呂はあまり知られていませんが、飛鳥時代の重大事件にも関与しています。右大臣にまで出世した上に、孫娘達が後の元明天皇、持統天皇となる重要人物です
掲載情報の一部の著作権は提供元企業等に帰属します。
Copyright MAPPLE, Inc.
※掲載情報は取材時のものであり、変更が生じている場合がございます。詳細は各施設にご確認下さい。





































