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三重県亀山市で歴史旅!伊勢亀山城や東海道の宿場町・関宿を散策
亀山(三重県)
予算:1,000円〜
・旅行する時期やタイミングにより変動いたします。あくまでも目安ですので、旅行前にご自身でご確認ください。
・料金は1名あたりの参考価格になります。
更新日:2026/02/12
三重県内で唯一現存する多門櫓を有する「亀山城」。東海道五十三次で唯一保存地区に選定されている「関宿」。旧東海道沿いにある日本の原風景が残る2つの遺構を中心に、和の情景と歴史を楽しむ旅に出かけましょう。武家屋敷や豪商建築の町家も巡り、江戸時代から親しまれる銘菓も味わいます。
伊勢亀山城
伊勢亀山城
二之丸北 帯曲輪(現地にて撮影)
二之丸北 埋門跡(現地にて撮影)
水堀/現 公園池(現地にて撮影)
天守台からの眺望(現地にて撮影)
江戸時代に東海道の要衝として重視された城。明治6(1873)年の廃城令後にほとんどが取り壊され、現存の多門櫓(たもんやぐら)が建つ天守台をはじめ、石垣や土塁など一部の遺構のみ残っている。平成18(2006)年に二之丸帯曲輪が復元整備された。

佐藤颯竜のおすすめポイント
- ★ 往時から変わらぬ位置に現存する多門櫓。この櫓、2つの点で大変貴重な存在なんです。1つは、三重県内で唯一現存する城郭建築物であるということ。そしてもう1つは、現存する多門櫓が全国的に数少ないということです
- ★ 多門櫓がある天守台にはかつて天守が建っていましたが、江戸時代初期に幕命を受けた堀尾忠晴によって解体されてしまいます。ですがこの幕命、この城に関するものではなく、丹波にある亀山城(現:京都府亀岡市)の天守解体命令でした。伊勢亀山城は、忠晴の間違いによって天守が失われてしまった悲しき城なんです
- ★ この城は、伊勢平氏の流れをくむ関氏によって築城されたことに始まります。天正18(1590)年以降に羽柴(豊臣)秀吉に従った岡本良勝によって母体が再形成され、寛永13(1636)年に城主となった本多俊次によって大改修されます。現在に繋がる城の姿は、この時に出来上がりました
- ★ 天守を失った天守台に多門櫓が築造されたのは、本多俊次による大改修の時です。同時に、本丸北側に天守代わりの三重櫓(代用天守)が建てられましたが、こちらは明治に失われてしまいました。ちなみに、“天守台に多門櫓が建っている”という点は、かなり稀有な存在でもあります
加藤家長屋門/土蔵

加藤家長屋門/土蔵

母屋 外観(現地にて撮影)

母屋 内観(現地にて撮影)

土蔵(現地にて撮影)

西之丸 外堀(現地にて撮影)
亀山藩主石川家の家老職を務めた、加藤家の屋敷があった場所。長屋門とそれに連なる土蔵、母屋の一部が残っており、江戸時代中期以降から現存していると考えられている。平成2(1990)年に修復が行われ、幕末の姿に復元され保存されている。

佐藤颯竜のおすすめポイント
- ★ 亀山藩の上級武士であった加藤家。石川家の家老を務めて約600石を賜っており、亀山城西之丸に構えていた屋敷は相当な敷地面積があったようです。現在は3つの建築物が残っており、長屋門と連なる土蔵が武家屋敷の威厳と風格を今に伝えています
- ★ 屋敷の表門である長屋門。主に上級武家屋敷の表門に用いられることが多く、江戸時代に多く建てられた門です。これに連なる土蔵は、側面が白黒のコントラストが美しい“なまこ壁”となっており、武家屋敷の華やかさを感じさせられます
- ★ 亀山城西之丸の内側であるこの場所の近くには、復元された亀山城の外堀があります。往時は深さ約1.8m、水深60cmの水堀であった堀ですが、現在は遺構保存のため堀底が全体的に約1mかさ上げされています。ですが、これにより現在の堀底はかつての水面の高さと同じになっているのだそうです
旧館家住宅(枡屋)

旧館家住宅(枡屋)

主屋 外観(現地にて撮影)

主屋2階 内観(現地にて撮影)

主屋1階 階段(現地にて撮影)

土蔵(現地にて撮影)
旧東海道沿いに面した場所にある町屋。町内に所在した館本家の分家の住宅として明治初期に建てられた建物で、主屋を中心に往時の姿を良好に残している。平成17(2005)年に館家から市に寄贈された。

佐藤颯竜のおすすめポイント
- ★ 木造2階建ての主屋をはじめ、8棟の建築物が現存している旧館家住宅。本家同様の屋号「枡屋」を持つ商人の住宅で、明治時代初期の豪商建築の遺構として貴重なことから、市の有形文化財に指定されています
- ★ 明治6年に建てられた2階建ての主屋。1階は6室を2列に並べた「通り土間二列型」の構造をしており、仏壇と並ぶ小さな階段から2階に登れるようになっているんです。そんな主屋を中心に、屋敷の旧東海道に面した側は敷地いっぱいに建物が配置されています

佐藤颯竜のおすすめポイント
- ★ 国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている「関宿」。その範囲は、宿場町の出入口たる西追分から東追分まで全長約1.8kmにも及びます。東西に伸びる旧東海道沿いにあり、往時の姿を良好に留めるこの場所は「日本の道100選」にも選出されているんです
- ★ かの有名な“東海道五十三次”。江戸時代に整備された五街道のひとつである東海道の、道沿いに存在した53の宿場を指す名称です。鈴鹿山脈の裾野に位置する関宿は、そんな“五十三次”の東京から数えて47番目にあたる宿場町なんです
- ★ 江戸時代、往来する旅人に人気があったお菓子「関の戸」と「志ら玉」。「関の戸」は京都の御室御所まで運ばれたという深川屋の銘菓で、「志ら玉」は前田屋製菓が復活させた“こしあん入り”の団子餅です。そんな“深川屋”と“前田屋製菓”、今も関宿に健在しているので、ぜひ訪れてみてください
関宿旅籠玉屋歴史資料館
関宿旅籠玉屋歴史資料館
1階内観(現地にて撮影)
2階客室①(現地にて撮影)
2階客室②(現地にて撮影)
庭園(現地にて撮影)
歌川広重が描いた浮世絵にも登場する関宿の旅籠。宿場を代表する大旅籠のひとつであった建物で、江戸時代の旅籠建築の姿を今に残す貴重な場所。その建物を利用し、平成8(1996)年から関宿旅籠玉屋歴史資料館として公開されている。

佐藤颯竜のおすすめポイント
- ★ かつて「関で泊まるなら鶴屋か玉屋、まだも泊まるなら会津屋か」と謳われた旅籠玉屋。そんな旅籠の建物を復元修理し、今では歴史資料館として往時に使われていた道具や資料などが展示されています。“旅籠”が何かについては、ぜひ調べてみてください
- ★ 建物2階正面には“虫籠窓(むしこまど)”という漆喰で塗り籠めた格子窓が存在します。この建物では「玉屋」の屋号にちなんで、玉から火焔があがる文様「宝珠の玉」をかたどった虫籠窓が設けられているんです。ぜひ建物の外観にもご注目ください
- ★ 時間があればぜひ3館共通券を購入して、「関まちなみ資料館」と「関の山車会館」もお楽しみください。それぞれ旧東海道沿いの少し離れた場所にありますので、関宿の情景を堪能しながら向かってみるのがおすすめです。同じ部分を往復しても、東に向かう情景と西に向かう情景とでは違った美しさがあり、行き帰りでそれぞれ楽しめますよ
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