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新潟県
2026/03/30
新潟県は、全国最多となる約90の蔵元がひしめく「日本酒の聖地」として知られています。しかし、今の新潟を語る上で欠かせないのは、単なる日本酒の魅力だけではありません。古くから根付く「発酵」の技術が、現代の「ガストロノミー(美食学)」へと見事に昇華されている点にあります。
新潟県の食や旅、酒やプロダクトの魅力を再発見する目的で2022年に設立された「新潟ガストロノミーアワード」の盛り上がりを見れば、その理由は明らかです。ここ新潟では、生産者と料理人の距離が驚くほど近いのが特徴。そして南北に長い地形は、海・里・山の豊かな食材をもたらし、そこに400年、500年と受け継がれてきた醸造の知恵が重なり合う。その結果、土地と人の深い「物語」が息づく一皿の料理や一杯の酒が生まれるのです。
美しい雪景色の中を抜けた長岡駅から、発酵の香りと造り手の情熱を辿るプレスツアーに参加しました。旅のハイライトは、「新潟ガストロノミーアワード2026」への参加。大人が今こそ訪れるべき、発酵と美食の最前線をレポートします。
この記事の目次
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旅の始まりは長岡駅。そこには期待通りの雪景色が広がっていました。最初に向かったのは、明治35年創業の「江口だんご本店」。広大な敷地の中に立つ雪国建築の古民家を改築した趣のある建物は、120年以上の歴史を持つ老舗感が漂います。建物は江戸、明治、大正期の蔵や建物を再生したもので、雪国の建築様式である太い梁や欅(けやき)の材が、訪れる人を温かく迎えてくれます。
こちらのお店では新潟名物の「五色団子」が定番ですが、今回は特別に、注文を受けてから焼き上げる出来たての「みたらし団子」を堪能しました。
焼きたてのお団子は、口に含むと驚くほどやわらかく、もちっとした食感。その秘密は、一般的な上新粉(粉)から作るのではなく、生のお米を自家製粉して使う「生米(なまごめ)仕込み」にあるのだそう。お米本来の香りと、地元の醤油を使ったタレの香ばしさが絶妙にマッチし、まさに「ここにしかない味」を実現しています。
江口だんご本店で小腹を満たしたあとは、同じ長岡市内に位置する「摂田屋(せったや)」地区へと向かいます。ここは、江戸時代から続く伝統が今も現役で息づく場所。発酵の香りが漂う風情ある蔵造りの町並みが楽しめる今注目のエリアです。ちなみに地名の由来は、かつてこの地が交通の要所だったことからといわれています。江戸へ続く旧三国街道と、修行僧が通う山際街道(修行道)の分岐点で、多くの旅人がこの場所で足を止め、休憩を取っていった町・摂田屋。そんな旅人たちをもてなす「お接待(おせったい)」の小屋が立ち並ぶことから、いつしかこの町が「摂田屋」と呼ばれるようになったそうです。
摂田屋の町に足を踏み入れると、どこからともなく醤油や日本酒の甘い香りが漂ってきます。旧機那(きゅうきな)サフラン酒本舗は明治27年に創業した酒の製造所。創業者の吉澤仁太郎氏は、かつて衆議院選挙で、後に政界の巨頭となる若き日の田中角栄を破ったという伝説を持つ人物です。
その仁太郎氏が築いた蔵は、国登録有形文化財。ラピスラズリを用いた鮮やかな青色が特徴的な「鏝絵(こてえ:漆喰を壁に重ね塗る浮き彫り細工)」が施されており、鳳凰や龍が描かれたこのレリーフは、100年以上経った今も色鮮やかなままです。
仁太郎氏は「地元の人にいつでも見てもらえるように」と、雨の日も雪の日も窓が閉められることがなかったそう。ただ、長い歴史の中で、たった一度だけ窓が閉ざされたのが、昭和20年8月1日の長岡空襲の夜でした。その夜は幸いにも火の手がすぐ近くで止まり戦火を免れ、そのおかげで今も明治・大正期の貴重な建物が当時の姿のまま残されているのです。創業者の仁太郎氏が地元の方へ窓を開け続けた広い心が、そんな奇跡のような出来事を生み出したのかもしれません。
また、今でこそ有名な長岡の花火ですが、実はこの空襲の歴史と深く関わっています。空襲から1年後の8月1日夜、亡くなった方々を弔うために白色一色の1本の花火「白菊(しらぎく)」が打ち上げられました。これが現在の長岡花火の始まりであり、今も平和への祈りを込めた慰霊の花火として、夜空を彩り続けているそうです。

機那サフラン酒
「吉乃川」といえば、日本酒好きなら知っている新潟を代表する銘柄。蔵元「吉乃川」は、天文17(1548)年に創業し、戦国時代から470年以上にわたり酒を醸し続けてきました。代表銘柄「極上 吉乃川」のラベルをしたためたのは、なんと京都・清水寺の森清範(もりせいはん)貫主(住職)とのこと。実は吉乃川の蔵元である川上家は清水寺の総代を務めており、代が替わる際には吉乃川の当主の承諾が必要なほど深い絆で結ばれているそうです。

吉乃川 酒ミュージアム『醸蔵(じょうぐら)』
歴史があるエリアを町歩きする際は、やはりガイドの方の説明を聞くのが一番。言い伝えや物語を聞くだけで、そのエリアへの理解が一層深まります。
ガイドさんに聞いた言い伝えのひとつが、摂田屋の町歩きで出会った「十分杯(じゅうぶんはい)」です。大人の遊び心と戒めが詰まった不思議な杯でした。八分目まで注げば普通に飲めるのですが、欲を張って「十分(なみなみ)」に注ぐと、サイフォンの原理で底からすべての日本酒が流れ出してしまうんです。
「物事は八分目がちょうどいい。残りの二分は他人に分け与えなさい」。
長岡藩に伝わるこの精神は、現代を生きる私たちの心にも深く響きます。実際に目の前で日本酒が消えていく光景を見て、「欲をかいてはいけない」、そう誓いました。
そしてふたつ目が、地元で愛される醤油蔵「越のむらさき」の暖簾に描かれたお地蔵様についての物語。かつて近所に住んでいた「おなか」という娘の死を悼んで建てられた「おなか地蔵」がモデルになっているそうです。
ランチに訪れたのはWILLOW HOUSE。150年の歴史を刻む古民家をリノベーションした空間で、新潟の肥沃な土壌と発酵文化をかけ合わせた、贅沢なコースをいただきました。
独特の食感を持つじゃがいもや、冬の寒さを耐え抜いて甘みを増した野菜たちが、天然自家製酵母のパンや発酵調味料とともに提供されます。採れたての食材が、発酵という魔法によってそのポテンシャルを最大限に引き出されていました。
次に向かったのは、新潟市西蒲区、角田山の麓に広がる「カーブドッチワイナリー」です。海からわずか数百メートルのこの地は足元がなんと「砂地」。砂丘というテロワール、つまりワイン造りを行う環境ならではの、繊細な味わいのワインを生み出しています。
カーブドッチワイナリー
砂地は農業には不向きに見えますが、栄養が少ないからこそブドウは深く根を張り、デリケートで繊細な要素が引き出されるといいます。1992年創業の「カーブドッチワイナリー」ですが、2005年以降、非常に力を入れているのがスペインの港町・バルで出合った「アルバリーニョ(Albarino)」というスペイン原産の品種。新潟の海に近い湿潤な気候がワインの本場と似ていたことから、こちらの品種を手がけるようになったそうです。実際にワインをいただいてみると、存在感のある香りと華やかさのある美味しさに思わず仰天! 新潟の魚やお寿司にも合いそうなワインでした。
砂地の畑
ぶどう畑に囲まれた敷地内には、5つのレストランやカフェが点在しています。なかでも印象的なのは、ドイツ人建築家カール・ベンクス氏が手がけたレストラン「薪小屋(まきごや)」です。古い寺院の材を再利用した重厚な梁(はり)と、ドイツ製の手作りガラスを通るやわらかな光が、どこか懐かしく温かな空間を作り出しています。席からは大きな薪の炉、ビールの煮出し釜、燻製工房が眺められ、作りたての自家製ビールと自家製ハムソーセージが評判です。
また、宿泊施設や源泉掛け流しの温泉「ヴィネスパ」も併設されているのも大きな魅力のひとつ。ブドウ畑を眺めながら蔵出しのワインを愉しみ、湯浴みでリラックスするという、究極の「大人旅」が叶います。
次に訪れたのは、豪農・伊藤家のお屋敷である「北方文化博物館」です。足を踏み入れた途端、8,800坪もの広大な敷地はもちろん、圧倒的美しさと豪壮さを誇る建築に、すぐに心を奪われてしまいました。
生活の中心であった「主屋棟」の見どころは、30mにもわたる一本杉の丸桁(まるげた)。会津から切り出したものを、阿賀野川を使って筏で運んだのだといわれています。興味深かったのが、正三角形という建物のフォルムから存在感を放つ茶室「三楽亭」です。柱や畳、建具の引き出しに至るまで三角や菱形にこだわった造りで、「相当な費用がかかったのでは?」と思わず想像してしまいました。そうえいば庭園の入り口にあった電話ボックスも三角形で、何だかとても三角にこだわりがある施設なのだなと感じました。
また、大人気アニメ「鬼滅の刃」に登場する「産屋敷(うぶやしき)邸」のモデル地ともいわれている大広間と日本庭園。アニメ好きの私もしびれました。館内には、伊藤家の家訓のひとつ「君子中庸に居る(くんしちゅうようにいる)」の書が。「立派な人は、偏りや極端がなく、常に調和がとれている」という教えで、ほかにも主屋棟には伊藤家の歴代当主のコレクションが多くあり、越後の歴史を感じる場所でした。
おみやげ処「三樂」には、新潟県の地酒や特産品も充実。5月には藤の花が咲き誇り、鬼も来ません(笑)。藤だけでなく、春には桜、夏はハスや花菖蒲、秋は紅葉、冬は雪絵式と、季節ごとに魅せる景色が異なる北方文化博物館は、何度も訪れたくなる場所のひとつです。
豪農の館 北方文化博物館
長岡での深い歴史体験を終え、夜は新潟市の中心地、古町(ふるまち)へ。新潟を代表する老舗料亭の伝統を継ぐ「鍋茶屋 光琳(なべぢゃや こうりん)」へ向かいます。
古町の情緒ある街並みに溶け込む和風建築の佇まいは、それだけで旅の疲れを癒やしてくれます。新潟の豊富な旬の食材を活かした料理は、どれも非常に丁寧で繊細な味わい。特にお野菜の味の引き立ち方には驚かされました。口の中に広がるやわらかな旨味に、思わず日本酒が進みます。日本酒メニューには、地元でもなかなかお目にかかれないようなめずらしい地場の銘柄が並びます。歴史ある建物の雰囲気とともに、新潟が誇る食文化の奥深さを肌で感じることができ、老舗の矜持(きょうじ:誇り)を感じました。
翌日は、新発田(しばた)市にある「菊水酒造」を訪れました。ここは、日本初の生原酒缶「ふなぐち」で全国に知られる革新的な蔵です。
2022年にリニューアルされた施設では、日本酒を作る工程を間近に感じることができます。初代・高沢節五郎の名を冠した節五郎蔵(せつごろうぐら)は、全生産量の1%未満しか作られないハンドメイドの聖域です。また、麹室(こうじむろ)では、職人たちが「赤ちゃんを育てるように」丁寧に麹と向き合う様子を覗き見ることができます 。一瞬の油断も許されない緊張感のある麹作りの空気感は、日本酒が「生き物」であることを教えてくれます。
併設のカフェでは、発酵の力を活かしたユニークなスイーツが楽しめます。この日はカフェで行っている体験も楽しみました。砂糖を一切使わず、麹の力だけで甘みを引き出した「発酵あんこ」を、地元のブランドいちご「越後姫」や甘酒ホイップとともに、自分でもちもちの牛皮に包んで楽しむ体験です。麹が生み出す自然で力強い甘みは、まさに「体に優しい美味しさ」そのものでした。
旅のハイライトは、第3回目を迎えた「新潟ガストロノミーアワード」への参加です。数多くの料理人や生産者が集まる会場は、新潟の食の未来を信じる人々の熱気に包まれていました。

受賞者 ©公益社団法人新潟県観光協会
特別審査員たちが口を揃えるのは、新潟の食シーンの「料理人と生産者の距離の近さ」です。料理人にとって生産者は欠かせない支えであり、生産者にとって料理人は自らのプロダクトを表現してくれるPRの存在です。この「両輪」が機能していることが、新潟の強みといえるでしょう。
アワードでは、単に「美味しい」だけでなく、その料理や食材にどのような物語や世界観が込められているかが重視されます。審査員の田中知之氏(DJ/音楽プロデューサー)は、新潟のガストロノミーの魅力として「内容の素晴らしさは当然ながら、何よりもコスパ(コストパフォーマンス)が良い」という点を挙げています。このクオリティをこの価格で楽しめるのは、まさに「新潟ならでは」の武器といえるでしょう。
また、新潟ガストロノミーアワードの総合プロデューサーである岩佐十良(いわさとおる)氏の言葉がとても印象的でした。
“日本国内ではスペインのサン・セバスチャン、つまり世界一の美食の街を目指している都市は多くある。新潟はあえて目指すということは公言していないが、おそらく一番サン・セバスチャンに近いエリアだと感じている。”
雑誌「自遊人」を創刊した岩佐氏は東京出身。2004年には日本の主食「お米」を学ぶため、活動拠点を東京から新潟に移転されました。発酵食品をベースとした豊潤な食文化が揃う「新潟」ですが、このような“新潟ファン”がいてこそ、新潟の生産者や料理人、食文化が発展していくのかもしれません。

審査員トークセッション ©公益社団法人新潟県観光協会
今回の旅を通じて感じたのは、新潟は単に「お腹を満たすだけの場所ではない」ということです。
一皿の料理、一杯の酒の背後には、470年前から続く酒造りの伝統、砂丘でブドウを育てる挑戦、そしてお米一粒一粒を大切にする人々の物語が息づいています。生産者と料理人が手を取り合い、さらに消費者がその輪に加わることで、新潟の食はさらに大きな動きとなって世界へと発信されていくのです。
わざわざ足を運び、その土地の空気を吸いながら、発酵の奇跡を味わう。そんな豊潤な旅を体験しに、あなたも新潟へ出かけてみてはいかがでしょうか。
参考になりましたか? 旅行・おでかけの際に活用してみてください。
記事企画・監修:旅色編集部 こうの
ライター:こうの